四幕、苦悩

「どうすればいい……? たらばの言う通り、この国の人々の我慢は限界だ。遅かれ早かれ、革命と称した反乱が起こるだろう。姫を民衆の旗頭として担ぎ上げれば、彼女は自分のせいで多くの人々が傷付いたと心を痛める。仮に革命が成されたとしても、失われた命を想ってこの国に残ろうとは思わないはずだ。しかし、革命軍に協力しなければ、彼女もまた貴族として処刑されるかもしれない。どうすることが正解なんだ……!?」


 騎士の苦悩は、心から姫を想っているからこそのものであった。

 革命に協力しても、しなくても、彼女に不幸が訪れることを知っているからこそ、彼はここまで思い悩んでいる。

 さりとて自分だけの力で革命を止めることは敵わず、ただただ時代の波に飲み込まれることしかできない自分自身の無力さに騎士は不甲斐なさを募らせていた。


「お許しください、姫よ。共にこの国の未来を変えようというあなたからの問いに、私は心から頷くことができなかった。あなたがどれだけ力を尽くそうとも、もうこの国は――!!」


『……騎士は、この国がもう間もなく滅びようとしていることを理解していました。そして、自分が穂香姫のことを愛していることも。だからこそ彼女を守り、どうにか幸せになってほしいと願っているのです。しかし――』


 それが不可能であることは、他の誰でもない自分が一番わかっている。

 姫の幸せはこの国を笑顔にするという夢を叶えることで、自分が国の動乱を無事に生き抜くことができたとしても彼女が喜ぶはずがないということは、傍で姫を見守り続けてきた騎士もよく理解していた。


 この国が滅びるというのなら、彼女は己の夢に殉じてみせるだろう。

 しかし、彼女を愛する自分にはそんなことは耐えられない。


 穂香姫の幸せとはなんなのか? 叶わなくなった夢に殉じて生を終えることなのか、それとも……と悩み続けるつらら。

 暗い部屋の背景が彼女の苦悶の演技を引き立て、騎士が感じているであろう苦しみを際立たせている。


『騎士が思い悩み、葛藤する中、締め切られた部屋の中に緩やかな風が流れ込んできます。ゆらりとろうそくの炎を揺らしたその風にはっとした騎士が顔を上げれば、自分しかいなかったはずの部屋に女性が入り込んでいることに気が付きました』


 そんな枢のナレーションと共に、立ち絵が新しく表示される。

 先ほど、王族たちの宴に参加していた鏡の魔女の絵。しかし、今回の彼女の姿は真っ白だった先ほどとは打って変わって、黒が目立つ配色になっている。


 純白のドレスはカラスのような黒色に、銀色の髪は妖しい光を放つ紫色に変わっており、一目で雰囲気が違うことがわかった。

 変わったのは見た目だけではない。純粋無垢な振る舞いを見せていた白い鏡の魔女と打って変わって、今の彼女は感情を感じさせない冷たいオーラを纏っている。


「……迷い、苦しんでいるのね。可哀想、とても可哀想だわ……」


「き、貴様は確か、王たちと共に宴の会場にいた……!? ……そうか、そういうことか! 貴様は人間ではないのだな!? お前が王たちをそそのかし、悪政を行わせている元凶か!」


「……私の名は、鏡の魔女。この国に住まう、恐ろしい魔女……」


「やはりそうか! 国を乱す悪魔め! ここで斬り捨ててくれる!!」


 シャキンッ、という鋭い抜刀のSEを響かせながら、精悍な騎士としての演技をするつらら。

 リスナーたちが緊迫した空気に息を飲む中、ここに予想外の人物が姿を現す。


「待って、待ってください!」


「むっ!? 何者だっ!?」


 対峙する騎士と魔女との間に割って入った、第三の人物。

 立ち絵が表示されるよりも早く、その声を聞いた面々は彼女が芽衣こと花の妖精であることを理解する。


 恐ろしい魔女を打倒せんとする騎士の前に立ちはだかった彼女は、必死な声色で懇願の言葉を口にした。


「この方を斬るのはお止めください! この方は恐ろしい魔女ですが、悪しき存在ではないのです!!」

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