前触れは、とある夜に
……デザート部門を担当するメンバーの初顔合わせから、また少し時間が過ぎた。
その間、零は蛇道枢として実に順風満帆な活動を続けている。
沙織、澪と共に薫子同伴の下、サンユーデパートから送られてきたPOPやポスター、限定衣装のデザインを確認したり……。
同じく、デパート側が作ろうとしているケーキをはじめとしたデザートたちの概要を確認し、どのような宣伝を行うかを話し合ったり……。
ボイス脚本に関して、優人からの質問に答えて要望を伝えたりと、コラボ企画に対して意欲的な姿勢を見せて仕事を行っている。
そういうファンたちの目には見えない部分での仕事もそうだが、Vtuberのメイン活動である配信も当然ながらおざなりにはしていない。
雑談やゲームでリスナーたちを楽しませ、ここ最近のCP厨による炎上を忘れさせるような明るい配信を行う彼は、こちらの活動もまた精力的に取り組んでいた。
他にも天に頼んでボイスの収録に備えて演技指導をしてもらったり、同期や他事務所のVtuberが出しているボイスを聞いてイメージを膨らませたりと、彼なりに努力をして、絶対にこの大仕事を成功させてみせると意気込む零は、日々全力で自分の仕事と戦い続けている。
そんなふうに忙しい日々を送る中、零は久々に配信を休んで外出していた。
目的は単純で、優人と夕食を共にするためだ。
ボイスに関する打ち合わせという体をとってはいるものの、実際は二人とも息抜きがしたいと考えているに過ぎない。
同性の友人と気兼ねなく食事をして、明日からの活動に備えて英気を養おうという目的の下、零と優人はしゃぶしゃぶ店を訪れていた。
「いや~、やっぱ寒くなってきたらこういう飯が美味く感じられますよね!」
「本当にね。鍋もいいけど、すぐに食べられるしゃぶしゃぶの方が空きっ腹には優しいよ」
一つの鍋を二人で突くという、仲の良さを感じさせる食事風景の中で和やかに会話する二人。
まだ出会って一か月にも満たないというのに、すっかりいい信頼関係ができあがっている彼らは、笑みを絶やさないまま食事を楽しんでいく。
「阿久津くんがまだ二十歳未満なのが惜しいよ。一緒にお酒を飲めれば、もっと楽しいだろうに」
「そうっすねえ……そういうのはこれからのお楽しみってことで、今は別の人と楽しんでください! 俺が二十歳になったら奢ってもらうの楽しみにしてます!」
「ははっ、調子がいいねぇ。でも、そうだな。僕もその日を楽しみにしておくよ」
そう話す優人だが、なんだかんだで彼も酒を飲んではいない。
車で来ているというのが大きな理由なのだろうが、それと同じくらいに零を置いてきぼりにして一人で酒を煽っても楽しくないと思っているからだろう。
彼に気を遣いつつ、それを気取らせないようにしつつ、その上で食事を楽しむ。
年上であり、Vtuberの先輩でもある優人は、零の良き兄貴分として彼に慕われつつあるし、彼も零のことをかわいがっている。
あっという間に肉と野菜を平らげ、追加の注文が届くまで待っている間に緑茶で喉を潤した優人は、楽しさを滲ませる笑みを浮かべながらこんなことを呟いた。
「……彼女に感謝しないとな。阿久津くんと引き合わせてもらえたお陰で、こうして楽しい日々を送れているんだから」
「そうっすね。俺も須藤先輩には感謝しないとなあ……って、そういえば前から気になってたんですけど、狩栖さんってどうして須藤先輩のことをちゃんと呼ばないんですか?」
「えっ、どういうこと?」
「ほら、狩栖さん、須藤先輩のことを彼女とか、君とかしか呼ばないじゃないですか。あっちはゆーくんってすごい親し気に呼んでるのに対応がそれだから、ちょっと気になってたんですよ」
「ああ、そうか……なるほど、そうだね……」
こうして零に出会わせてくれた澪に対する感謝を呟いたところ、前々から気になっていた彼女への呼び方を彼に指摘された優人が口元に手を当てて考え込む。
その様子を怪訝そうに見つめる零へと視線を向けた優人は、苦笑を浮かべてからその疑問にこう答えを返した。
「わからないんだよ、単純に。僕は、彼女をどう呼べばいいのかがわかってないんだと思う」
「ええっ? おかしくないっすか? 俺とかにそうしてるみたいに、苗字呼びとかでもいいじゃないっすか」
なんとも妙な答えを口にした優人へと、当然の疑問を投げかける零。
彼の指摘はご尤もだなと苦笑を深めた優人は、小さく息を吐いてからこう続ける。
「色々と複雑なんだよ、僕たちは。本当にそう、複雑なんだ」
答えになっていないようでなっている、優人の言葉。
それを聞いた零には彼の真意は理解できなかったが、ここまでの優人と澪の間にある妙な雰囲気を思い返し、口を閉ざした。
あれだけ仲がいいというのに一年以上も顔を合わせなかったことや、出会いについて全く語ろうとしないところ、優人自身の言動など、二人の関係性にはどうにもおかしなところが多々見受けられる。
それを一言で表すとしたら……彼の言う通り、複雑という言葉がぴったりなのだろう。
こうして優人とよく食事に行くようになった零だが、まだ彼とは出会って間もない関係性だ。
そこに踏み込むにはいささか性急が過ぎるだろうと自制する中、そんな零の気遣いを感じ取った優人が立ち上がって口を開く。
「ごめん、少し用を足してくるよ。肉が来たら、食べてて構わないから」
そう言い残して席を立った彼を見送りつつ、深く息を吐く零。
妙な雰囲気にはなっていないが、優人にもまだ自分に言えない秘密があるのだなと思っていると――
「うん? なんだ……?」
ポケットの中でスマートフォンが震えたことに気が付いた零が、それを取り出して画面を見る。
どうやらメールが届いたようだ。送り主は沙織で、タイトルは付けられていない。
電話ではなくメールで連絡してくるなんて珍しいなと思いながら、画面に表示されていた通知をタップして届いたばかりのメールを確認した零は、その内容を目にして驚きに目を見開いた。
【へるぷ だいにんぐばーろいやるすとれーとふらっしゅ】
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