表と裏、不仲と不穏
「ちょ、ちょっと、葉ちゃん。それはマズいって……! そこはほら、からかうべきところじゃあないでしょ? ねっ?」
葉介の発言を機に、会議室内の空気が一気に冷え切っていく。
ここまでヘラヘラとした軽薄な態度を取り続けていた大也が大慌てで彼のことを窘めに入った様子から見ても、その緊張具合がわかるだろう。
代表として部下たちをまとめる立場にある一聖はこの場の誰よりも怯え、慌てた様子を見せており、何も言えないようだ。
葉介は同期からの制止も聞かずにはんっ、と鼻を鳴らすと、ここまでの苛立ちを叩きつけるように話を続ける。
「そりゃあ、お前はこの仕事に前向きになるよな? 大好きなあいつと一緒にいられる絶好の機会だ、逃したくないに決まってる! 社長も気を利かせて同じグループに配属してくれたみたいだしよぉ、嬉しくって仕方がねえよなあ!?」
「や、やめろよ、葉介。なっ? もういいだろ? 話は俺が聞くから――」
「最近、【CRE8】のVtuberともコラボしたのも、あいつとの仲を取り持ってもらうためなんだろ? 早く会いたくて仕方がねえよなあ? 向こうももしかしたら、会うのを楽しみにしてくれてるかもしれないぜ? よかったなぁ!」
「……そこまでにしろよ、黒羽。これ以上は僕も看過できない」
体ごと葉介に向き直り、顔を真っ赤にして叫ぶ彼へと警告する優人。
しかし、完全に頭に血が上ってしまっている葉介は、優人からの警告を無視して尚も怒鳴り続ける。
「
「わ、わぁぁぁっ!?」
「優人っ! 止せっ!!」
葉介が完全にラインを超えた瞬間、優人は椅子から立ち上がると彼の胸倉を掴み、そのまま壁へと追いやっていった。
ドンッ、という鈍い音が会議室に響き、葉介が苦悶の表情を浮かべて呻く中、そんな彼の顔を真っ直ぐに見下ろす優人が感情を滲ませた声で言う。
「……お前が今、苛立ってることは知ってる。その苛立ちをぶつけたくて余計なことを言いたくなった気持ちもわかる。だから、もう一度だけ警告してやるよ。いいか、よく聞け」
「うぐっ……!?」
背の高い優人が、葉介の首を絞めるように彼の体を上へと引っ張る。
一聖と大也がハラハラとした表情を浮かべて見守る中、葉介を覗き込むように顔を近付けた優人は、普段の柔和な雰囲気をかなぐり捨てたギラついた視線で彼を睨みながら、最後の警告を発した。
「二度と……僕の目の前で、彼女を侮辱するな。次は警告しない、わかったな?」
「う、が……っ!?」
掴まれていた胸倉を放してもらい、苦しかった呼吸が満足にできるようになった葉介がその場に尻餅をつきながら荒い呼吸を繰り返す。
ぜぇぜぇと苦し気に呻く彼の姿を黙って見下ろしていた優人は、不意に踵を返すと社長である一聖に一言残してから部屋を出ていった。
「場を乱してしまい、申し訳ありません。僕はこれで失礼します」
「あっ! ま、待てよ、優人! 待てってば!!」
静かに会議室から出ていく優人を追って、大声で叫びながら退室する一聖。
そんな彼らの足音と声が完全に聞こえなくなったタイミングで、成り行きを見守っていた大也が葉介へと声をかける。
「だ、大丈夫、葉ちゃん?」
「ああ……くそっ、流石に煽り過ぎたぜ。まさかあいつがあそこまでキレるだなんてな……」
げほっ、ごほっと咳き込んだ後、ようやく立ち上がった葉介が自分の行き過ぎた行動を反省しながら呻くように言う。
そんな彼の姿と、優人が出ていったドアを順番に見つめた大也は、おずおずとした雰囲気でこんなことを呟いた。
「ねえ、葉ちゃんはあの二人の間に何があったか、知ってる? 俺、何にもわかんなくってさ……」
「さあな、俺も知らねえよ。俺もあいつとはちらっと顔を合わせただけで、まともに話もしてねえからな。ただまあ、一度は抱いてみたいと思うくらいはいい体してると思ったけどよ」
「あはっ、サイテー! 今の発言を聞かれたら、また優ちゃんにキレられるよ?」
「わかってるよ。だから、あいつがいない場所で言ってるんだろうが。それよりもよ、例の仕込みは進んでんのか?」
「ああ、バッチリだよ! 俺のグループはどうとでもなるし、優ちゃんのグループの方も、何も問題ナッシングって感じ!」
どこか意味深な……いや、明らかにいい内容ではなさそうな話を大也としながら服の皺を直した葉介がスマートフォンを取り出す。
ニヤリと笑いながらその画面を見つめた彼は、小さく口笛を吹いてから軽い口調で呟いた。
「いいね、俺はこっちのが好みだ。俺の時はクソ食らえって思ったが、いい前世バレってのもあるもんだな」
「あはははは! 面白いこと言うね、葉ちゃんは! ……まあ、その子から始めようよ。優ちゃんには、あいつだけ残しておいてあげれば十分でしょ」
「だな! ……にしても本当にいい女だね。それに、元アイドルって経歴にはそそるもんがあるよなあ……!!」
じゅるり、と下品に涎を啜るおふざけをしながら、スマートフォンの画面をまじまじと見つめる葉介。
絶対に碌でもないことを考えている彼の瞳に宿るのは下卑た欲望の色。そこに映るのは、獲物と定めた女性の姿。
数年前、まだ首に消えない傷を負っていない頃にアイドルとして活動していた沙織の姿が、スマートフォンの画面と色欲に彩られた彼の瞳に映し出されていた。
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