五部・男女の関係ってめんどくせえ!

過去一面倒な、炎上

「……ヤバい、過去一で面倒な事案に遭遇しちまったかもしれん……」


 蛇道枢の中の人こと阿久津零が自室でスマートフォンを見つめながらそんな呟きを発したのは、十一月の中頃の話だった。

 段々と日が出ている時間も短くなり、寒さが厳しくなってきたこの頃ではあるが、彼の周りだけは温かい。


 周囲を包む真っ赤な炎が与えてくれる温もりのお陰で風邪知らず……などという現実逃避はここまでにしよう。

 そう……今回もやっぱり、蛇道枢は炎上に見舞われているのだ。それも、本人に非がない事案で、である。


 今回の炎上は、何の前触れもなくぬるっと起こった。

 正確には多少の不穏さは感じていたものの、まさかこんな事態にまで発展するとは思っていなかったわけだが、仮にこの事態を把握していたとしても、零には何もできなかっただろう。


 なにせ今回の炎上は、特に彼が何かをしたから燃やされているのではないのだから。

 不用意な発言、女性Vtuberに対するセクハラ行為、そういったものを指摘され、炎上するのならまだ納得できる。

 今回の炎上はそんな単純なものではなく……実に複雑で面倒な事案だった。


【最近、芽衣ちゃんと絡んでいませんね。彼女と何かあったのですか?】

【くるめいがなくても数字取れるようになったから芽衣ちゃんに捨てられちゃった? 別の相手探してる最中なの?】

【やっぱくるめいはビジネスだったわけ? 近頃は他の女と絡んでばっかじゃん】


 蛇道枢のSNSやチャンネルコミュニティに送られてくるメッセージは、大体がこれと似たようなものだ。

 わかりやすく解説すると、彼らは蛇道枢と羊坂芽衣が最近コラボをしていないことについて色々と言っているわけである。


 確かに彼らの言う通り、近頃零は有栖と配信上で絡むことが少なくなっていた。

 しかし、それは何かトラブルがあったとか彼女との関係が冷え切ったからというわけではなく、ごく自然な流れでそうなっているだけなのだ。


「普通に考えろよ……俺らもう、デビューしてから半年以上経ってるんだぞ? その頃と比べて交友関係も広がってるんだから、いつまでも同じ相手とばっかり絡むことなんてありえねえだろうがよ……」


 零たちが【CRE8】の二期生タレントとしてデビューしてから既に半年もの月日が流れている。

 その間、彼らは様々な出来事を経て、同じVtuberとして活動する沢山の人々と出会ってきた。


 二期生の面子然り、事務所の先輩たち然り、他事務所のタレント然り……長く活動していればその分、出会いも多くなるわけで、当たり前だが交友関係も広がっていくわけだ。

 そうなると、コラボ配信の頻度は上がるものの、特定の相手と何度もコラボをするといった事態は少なくなっていく。

 デビュー直後はお互いしか知り合いがいなかった零と有栖も今では連絡帳にそこそこの数の同業者の名前が載るようになっており、彼女らと絡むことも多くなっていた。


 零の方は【ペガサスカップ】で知り合った【VGA】のメンバーとゲーム配信をするようになったし、陽彩という親友を得た有栖もまた、彼女とコラボ配信をすることが多くなっている。

 『くるめい』としてのコラボ配信の数は初期と比較すると圧倒的に少なくなっているわけだが……零としては、それは当然だと思うと共に有栖がのびのびと活動できている現状を喜ばしく思っていた。


 女性恐怖症である有栖が、少しずつ同性の友達を作り上げ、交友関係を広げ、強くなろうと前向きに努力している。

 夢の成就に向けて一歩ずつ進む彼女の姿を見守る零は素直にそのことを応援していたし、たとえ配信上で絡めずとも裏では仲良くしているのだから、別に寂しさなど感じていなかった。


 ……の、だが――


「そういう俺らの事情は関係ないってか。ったく、だっりいなあ……」


 好きなCPにもっと絡んでほしい。男女ともに、他の相手と絡んでほしくない。今のままずっと、二人で配信し続けてほしい。

 そんなことを考える厄介な輩……通称厄介CP厨という面々は、その欲望を直接本人たちにぶつけることが多々ある。

 今回は自分と有栖がその標的となってしまった、ということなのだろう。本当に面倒くさいことに、ではあるが。


 こういった形での炎上の厄介なところは、完璧な回答がないということだ。

 注意したとしても厄介CP厨は完全には黙らないだろうし、かといって彼らの望み通りにすれば各々の活動に少なからず影響が出てしまう。


 一生懸命目標に向かって努力する有栖が、こういった厄介CP厨の声を気にしてくるめいをやらなければいけないのかな……と考えるようになり、それが彼女の枷になってしまうかもしれないと想像した零が、言葉にできない不快感を込み上げさせて渋い表情を浮かべる。


 本当に……こいつは厄介な問題だ。

 近付き過ぎればガチ恋勢に燃やされるが、逆に離れ過ぎても杞憂民や厄介CP厨から燃やされる。

 適度な関係性というのも彼らの尺度によって違うわけで、そういった彼ら全員の期待や要望に応えることなどどう足掻いても不可能で……誰かと仲良くなった時点で、こういった爆弾を抱えることがほぼ確定してしまうわけだ。


 地味にだが、メンタルを削られる状況。地味にだが、活動に支障をきたす問題。

 自分の下に次々と寄せられるメッセージを見ながら苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる零は、いつものように叫ぶのではなく、うんざりとした吐き捨てるような雰囲気で愚痴をこぼした。


「マジで、Vtuberの男女関係って、めんどくせえ……」

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