割とガチ目の、お説教

「い、いけないことって、もしかしなくても、その……」


「ご想像通り、お酒だよ。ほんの少しくらいなら、飲んでも平気でしょ~?」


 そう言いながら、グラスへと泡盛を注いだ沙織が零へと試すような視線を向ける。

 当然ながらこれも演技なわけではあるが……彼女からはとてもそうとは思えない不思議な雰囲気が発せられてもいた。


(さあ、零くんはどうするのかな? ここで拒否できるなら問題はなさそうだけど、嬉々として飲んだりしたら、一気に疑惑は深まっちゃうよね~……)


 沙織が零の飲酒疑惑について調べる際に採った手段は、スイや天よりももっと直接的であり、核心に踏み込むためのものであった。

 本当ならばもっとストレートに零の家にあるビールの存在を確かめた上でその所持理由を聞きたいところではあったのだが、その前に証拠固めというか、零が常習的に飲酒をしているかどうかの判断材料が欲しかった彼女は、こういった作戦に打って出たわけである。


 もしもここで、零が自分の誘いに乗って平然と酒を飲んだ場合……それは彼が、常日頃から飲酒をしている可能性を示唆するだけの十分な証拠になる。

 拒んでくれたのならば少なくとも人前で酒を飲むことがいけないことだという自覚があるということであり、飲酒の可能性を完全に否定はできずとも、万が一の時の説得材料にはなってくれるはずだ。


「一杯くらいなら、別に大丈夫だよ。同い年の子たちも普通にお酒なんて飲んでるはずだしさ……それに、零くんが付き合ってくれたら、お姉さんもちょっと大胆になっちゃう、か、も……!!」


 トドメとばかりに官能的な台詞を口にしながら胸を強調した沙織は、そこで改めて零の反応を観察し始めた。

 彼がここでノリノリになってしまうような人間ではないという信頼はあるものの、自分が首の傷を隠していたように零にだって自分に隠している一面があるかもしれないと……そう、決して脳死で彼のことを信じているわけでもない彼女がじっと零を見つめる中、顔を上げた零は、同じく沙織の顔を見つめ、そして――


「……冗談が過ぎますよ、喜屋武さん。今回のは洒落になってないです」


 ――はっきりとした拒絶の意思を示す言葉を口にしてみせた。


 自分の言動を厳しく咎めるような視線を向けてくる彼の反応に安堵した沙織は、演技として纏っていた雰囲気を拭い去るとぱあっと笑みを浮かべて口を開く。


「あはは~、ごめんね~! ちょっとからかってみただけだよ~! お姉さん的には真面目な零くんが乗るわけないと思ってたし、こうなるってわかった上のジョークだって~! あははのは~!」


 あっという間に普段通りの陽気なお姉さんとしてのムーブを取り戻した沙織が、いつも通りに零へと謝罪しながら適当に自分の発言の真意をごまかす。

 これで一応は確かめたかったことは確認できたと考える彼女であったが、今回の零の怒りは普段と比較になっていないようで――


「いえ、今日はちょっとマジで怒ります。そこに座って、ちゃんと話を聞いてください」


「えっ……!?」


 腕を組み、今日という今日は見過ごせないという想いを言葉と行動で示す零。

 そんな彼の反応に表情を歪めながらも、ここは素直に従うしかないと判断した沙織が向かいの席に座った途端、盛大なため息を吐いた零がお説教を開始する。


「あのですね、喜屋武さんに悪気はないっていうのはわかってるんですよ。でも、今回のこれはマジで危ないんで今後絶対にしないでください。未成年に酒を勧めるのは本当によくないことですし、リスナーだけじゃなくて事務所にバレても大問題になる行動ですから」


「あ、はい……その、ご、ごめんね……?」


「いや、そもそもバレなきゃいいって話でもないんですよ、これは。俺と喜屋武さんの間柄とはいえ、少なくとも弁えておくラインってのがあるじゃないですか。迂闊な発言で俺が燃やされることに関しては別に構わないんです。それも喜屋武さんの魅力の一部だと思ってますし、ファンのみんなもわかってくれてますから。でも、これはだめですよ。未成年に飲酒を勧めるっていうのは、明るく朗らかなお姉さんっていうよりも厄介な大人の行動です。法律に触れるような真似は、誰がなんと言おうとも絶対にやっちゃだめなんです。わかりますか?」


「は、はい……わかってます。その、反省もしてるさ~……」


 冗談にしても度が過ぎると、やっていい行動とそうではない行動のラインの見極めができていないと、珍しく本気で沙織を叱責する零。

 彼からのガチ説教を受ける沙織はどんどん小さくなっていき、最終的には普段の快活さが完全に消え去った小犬のようになってしまった。


「本当にすいませんでした……反省してます……」


 特徴的な琉球弁も引っ込め、深々と標準語で謝罪しながら沙織が頭を下げる。

 そんな彼女の態度から反省の念を感じ取った零はもうこれ以上のお説教は必要ないと判断しながらも、あと一つだけとばかりにこう付け加えた。


「まったく、本当にこういうことはこれっきりにしてくださいね。特に、有栖さんには絶対に勧めたりなんかしないこと! 断れるとは思いますけど、うっかり流されて飲んじゃったりしたら、大変なことになるかもしれないんですから!」


「はい……そうします……」


 普段の沙織ならば、ここで「やっぱり零くんは有栖ちゃんのことを大事に思ってるんだね~!」くらいのことを言うだろうが、今の彼女にはそんな元気はない。

 藪をつついて蛇を出したというよりも、蛇使いを召喚してしまった沙織は、自分の不用意な発言とラインギリギリを攻めた作戦を反省し、しょんぼりと肩を落とすのであった。

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