無口対方言の決闘

 右手には制服姿、左手には私服姿のリア・アクエリアスが描かれたファイルを手にしている界人は、本日出会った同胞から託された大切なそれのボイスを聞き比べることを楽しみにしていた。

 自分たちの予想が正しければ、この二種類のクリアファイルを読み取ることで聞けるボイスでは、それぞれ無口キャラと方言キャラの演じ分けがされているはずだと……一粒で二度美味しいリアの特性を最大限に活かしてくれているであろう限定ボイスの内容に期待を疼かせながらもみもみと手もみをした界人は、早速それを鑑賞しにかかった。


 まずはここまでの流れに合わせて、制服Verのクリアファイルに刻まれたバーコードを読み取った彼は、流れてきたボイスを思う存分堪能していく。


『いらっしゃいませ。Cマートへ、ようこそ……はい、こちらのお弁当を温めですね? では、少々お待ちください……』


 ここまでのボイスでありそうでなかった、レジ打ちの際にお弁当を温めるというシチュエーションボイス。

 言葉少なに、されど丁寧に接客を行う無口モードのリアは、暫し黙った後でこんなことを言う。


『……待っている間、暇ですね。よろしければ、私が一曲歌いましょうか? リクエストは……はい、わかりました。では、失礼して……あっ』


 突拍子のない提案をするリアの天然なかわいさに、界人はついつい口元をにやけさせてしまう。

 自分なりの接客方法で弁当が温まるまでの時間を潰そうとした彼女であったが、残念ながらその美声を披露することはできなかったようだ。


『……お弁当、温まっちゃいましたね。歌は、またの機会ということで……よければ次は、もっといっぱいお弁当を買って、温めの時間を伸ばしてください。私、いっぱい食べる人は好きですよ』


「ふむ、心臓に悪い。唐突に好きとか言われて死ぬアクエリスナーが百人はいるだろうな」


 突然の告白に一瞬心臓が止まった界人は、そこから復帰すると共に逆に冷静になりながらそう呟いた。

 このファイルを渡してくれた日雲も下手をすれば命をおとしているのではないかと不安になりながら、無口で言葉少なであるが故に囁きASMRを聞いているような錯覚を覚えながら、無口キャラもかわいさとクールさが出てていいなと再認識した界人は、続いて私服Verのクリアファイルを手に取る。


 この内容に対して、方言キャラを出してきたリアのボイスはどうなっているのか?

 それを確認すべくバーコードを読み取った彼は、聴覚に全ての神経を集中させながらこの限定ボイスを堪能し始める。


『わ~い! お菓子だ、お菓子だ~っ!! 甘ぇのもしょっぱぇのもいっぱいあって、どれがら食うべが迷ってまりますね~! あむあむ、あまあま、うめうめ、う~ん、美味しい~っ!!』


 もう第一声から雰囲気が違う、無邪気さ全開の私服Verリア・アクエリアスのボイスは、界人の止まりかけた心臓によく響いた。

 この子供のような純粋さが現代社会の闇に触れ続けている大人兼警察官の自分には特に効くのだと、汚れた心が浄化されていく心地良さに目を閉じた界人の耳に、リアの愛らしい声が響き続ける。


『いっぱいあるお菓子、全部わー食ってまるのもいばって……だぃかど一緒さ食った方がめぇよね! というわげで、はい、あ~ん……! てへっ!』


「ふぅぅぅ……っ!!」


 甘い、甘ったるい、だが、それが良い。

 無口キャラでも見せていた天然さの基である無邪気さをこれでもかとばかりに押し出し、妹キャラと子供っぽさを同居させているボイスの内容は制服Verのボイスとの差も相まって特に甘く感じられる。


 これでいい、これがいい。根っこの部分は共通させつつも、その先にある枝分かれした部分によって差別化できているこのボイスたちは、界人や多くのアクエリスナーたちが望んでいる内容のはずだ。

 制服Verは無口で天然な店員として、私服Verは無邪気でかわいい妹分として、それぞれ別ベクトルのリアの魅力を引き出した紗理奈の脚本と、それに見事応えてみせたリア自身の演技へと心の中で賞賛の言葉を送りながら、界人はビール缶を傾ける。


 ゴキュッ、ゴキュッとリアのかわいさによって生み出された甘さを胸の中に流し込むように苦いビールを喉を鳴らしながら飲み干し、深く大きく息を吐いた後……酔いと限界勢特有の過激さによってガンギマった表情を浮かべた彼は、心の内から湧き上がってきた想いを大声で叫んだ。


「最高っ!! 酒が美味いっ!!」


 日雲は本気で死んでいるかもしれないが、これならば彼も本望だろう。

 尊死というファンにとってこの上なく名誉でありがたい死に方をしているであろう同胞へと思いを馳せつつ、ビールのおかわりを持ってきた界人は次のボイスを聞くべくクリアファイルを手に取る。


 どちらにしようかな……と二つのファイルを交互に指差していくという、これまでと違った頭の悪い方法で次に聞くボイスを決めた後、彼は神に選ばれたそれを酔いが回った状態で聞き始めた。

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