PマンVS嘲笑怪獣マウントン

「ぷっ! てかさあ、俺、気付いちゃったわ」


「え? なになに? 何に気が付いたわけ?」


「こん中で一番人気がない奴が誰かって。絶対にこいつだろ!?」


 そう、ゲラゲラと笑いながら一枚のファイルを手に取った男が相方へとそれを見せつける。

 こっそりと様子を窺っていた界人は、男が手に取ったクリアファイルに描かれている人物を見て、苛立ちに目を細めた。


「MEI RIN……めいりんっていうのか? チャイナ系アイドルか。古っぽいな」


「ファイルの余り具合から見ても、絶対にこいつがNo.1不人気キャラだって! 間違いない!!」


 ぎゃはははと大声で笑う男たちには、他の利用客も迷惑しているようだ。

 ちらちらと怪訝な目で自分たちが見られていることに気が付かないでいる彼らに対して、界人もまたなんともいえない視線を向ける。


(いや、確かにチャンネル登録者数でいえばラブリーが一番少ないかもしれないけどさ……別に不人気ってわけじゃあないし、むしろ【LOVE♡FUN】の愛の深さは箱推しファンの中でも随一なんだよなあ……)


 彼らが何を以てその人物の人気度を推し量るのかはわからないが、愛鈴は決して不人気なタレントというわけではない。

 以前の炎上で大いに叩かれもしたが、その上で再出発を果たした彼女のことを応援するファンの熱量は【CRE8】の中でも一二を争うレベルであり、万が一ここに【LOVE♡FUN】が居たりなんかした日には、あの男たちは無事にこの店を出ることなんてできはしないだろう。


 かく言う界人も愛鈴に関しては枢と同じ二期生ということで応援しているし、地味にグッズも集めていたりする。

 今回のクリアファイルも彼女の分も回収するつもりだったし、二期生推しとしては男たちの愛鈴に対する暴言は見過ごせないものがあった。


(どうするかなあ……? 実力行使は普通に問題になるし、あいつらと同じ穴の狢になって【CRE8】ファンの民度が低いって言われるような事態を招くことは避けなくちゃいけないしなあ……)


 ああいう手合いを見ていると、自分は同じような真似をしないように気を付けようと思うことができる。

 怒りのままに喧嘩を吹っかけるのは大人としても、【CRE8】を推す者としても不適切な行動であると冷静に判断した界人であったが、このまま彼らに言われっぱなしというのも癪な話だ。


 なんでもいい。少しでいいから、あの男たちに一矢報いてやりたい。

 そう考えた彼が反撃の手段として挙げた方法は、実にシンプルなものだった。


(決まりだな。残り二つのファイルは、ラブリーのを貰うことにしよう)


 あの男たちに暴力を振るったり、言い返したりする必要なんてない。

 自分はただ、二期生を推す者としてその愛を見せつけてやればいいだけだ。


 例えどれだけ不人気だと言われようが、古臭いと言われようが、ここにそのタレントを愛している人間がいるということを主張する。

 自分が去った後であの男たちに何を言われようが構わない。自分の好きを、隠す必要なんてどこにもないのだから。


 というわけで、愛鈴を馬鹿にする男たちに対する意趣返しも含め、特典として受け取る三種類のクリアファイルを決めた界人が再び棚へと近付こうとした、その時だった。


「おい、源田。何をもたもたしてるんだ? 買い物一つに随分時間がかかってるじゃないか」


「あっ、中島さん!?」


 ぽん、と肩を叩かれた界人は、そこに車で待機していたはずの中島の姿を見て、驚きの表情を浮かべた。

 どうやら自分は思っていた以上の時間を買い物に費やしてしまっていたようで、彼はそんな自分のことを不審に思って様子を見に来たようだ。


「まったく、サボリたい気持ちはわからなくもないが、それにしたって時間を使い過ぎだぞ。こういうのはもっと上手くだな……うん?」


 店内でお説教を始めた中島に対して、どう謝罪しようかと慌てていた界人であったが……その目の前で彼が自分から視線を逸らしてある一点を見つめ始めたことに気が付く。

 中島の見ている先を確認してみれば、そこには【CRE8】のことを馬鹿にし続けるあの二人組のオタクたちの姿があり、彼らに対して他の客たちも迷惑そうな視線を向けていることを見て取った中島は、何かに納得したように頷きながら界人へと呟いた。


「……そういうことか。ああいう手合いをなんとかするのも警察官の役目だからな……おい源田、ちょっと手を貸せ」


「えっ? あっ、はいっ!」


 どうやら中島は、界人が他の客に迷惑をかけるあの男たちをどうにかしようと考えていたと勘違いしているようだ。

 七割か八割くらいは正しいその想像だが、細かい部分は違うよな……と思いつつもその誤解を敢えてそのままにしていた界人は、上司である中島から命令されると、男たちへと近付いていく彼に追従していく。


 男たちのすぐ傍へと接近した中島は彼らに直接注意するのではなく、彼らが指をさして笑っていたファイルが並ぶ棚へと一歩歩み寄りながら口を開いた。


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