強制てぇてぇイベント、発生

「う、うん? 有栖さん、なんで?」


 どうして人前でこんなこっぱずかしいことをしているんだと、有栖の行動に戸惑いながらツッコミを入れる零。

 普段ならばここで引いてくれるはずの彼女が一層強めに自分へとケーキを乗せたフォークを差し出す様を見た彼は、更に困惑を深めていった。


 何がどうなってこんな展開になっているのか? どうして自分が有栖にあ~んをされなくてはならないのか?

 そんな疑問は多々あるものの、どう見ても引くつもりがなさそうな彼女の姿を見た零は、周囲の状況を確認しながら冷や汗を流す。


 実をいえば、有栖にこうして何かを食べさせてもらうのは初めてのことではない。

 以前にも一回、配信の流れでそんなことをする羽目になった経験があった。

 だがしかし、それは自分たち以外に誰もいない閉ざされた場所でのことであって、こんなふうに不特定多数の人たちがいるカフェであ~んだなんてのは流石の零でも羞恥してしまう行動だ。


 比較的メンタルが強い(というより【CRE8】で最強格)な自分ですらそうなのだから、弱気な有栖は尚更な話だろう。

 それなのにどうして彼女がこんな大胆な行動に打って出ているのか……? と困惑する零に対して、有栖は更に一歩詰め寄っていく。


「はい、零くん! あ~ん……!!」


「ぐぅぅ……!?」


 こうなった場合、有栖が引かないということを零は理解していた。

 彼女が零の最大の理解者であるように、彼もまた有栖の思考や性格を熟知しているのである。


 流石の零でもどうして有栖がこんな大胆なことをしているのかはわからないが……時折、彼女は相手との距離の詰め方がおかしくなることがある。

 今回もそのパターンなのだろうと判断した零は、ふぅと息を吐くと覚悟を決めて大きく口を開けた。


「あ、あ~ん……」


 開いた口とは対照的に両目をぎゅっと閉じ、ヤケクソ気味に差し出されているケーキをパクつく零。

 口の中に入ったフォークが引き抜かれていくことを感じた彼はそこでようやく瞳を開けると、恥ずかしそうに小首を傾げる有栖の姿を目にする。


「ど、どう? 美味しいでしょ?」


「ああ、うん……とってもおいしゅうございます……」


 正直、味なんてわからないというのが零の感想だ。

 恥ずかしさで味覚が麻痺しているのかもしれないと思いつつ、感じている羞恥を隠すように有栖から視線を逸らした彼は、そこでここまでのやり取りを見守っていた陽彩の表情を確認する。


「はわわわわわ……!? あわわ、わわわわ……!!」


 自分から言い出したことであるはずなのに、陽彩は盛大に動揺していた。

 恋愛どころか友達付き合いの経験すらほぼ皆無な彼女が目の前で実質夫婦の濃厚なイチャつきを見せられたのだからその反応も当然だろう。


 零に反撃するはずが自分の方が彼よりもダメージを受けているじゃあないかと、勢いに任せて変なことを言ってしまったことを後悔する陽彩であったが、彼女にとっての真の試練はこの直後にやってきた。


「さあ、次は陽彩ちゃんの番だよ! 零くんにケーキを食べさせてあげて!」


「「えっ!?」」


 ビキィン、と音がするくらいに激しい動きで有栖へと視線を向けた零と陽彩が同じ困惑の声を漏らす。

 そうした後、自分が「一緒にあ~んをする」と言っていたことを思い出した陽彩が顔を青くする中、純粋に彼女を応援しようとしている有栖がテーブルの下でサムズアップをしながらこう囁きかけてきた。


(大丈夫だよ、陽彩ちゃん! 流れは作れてるから、思いっきりやっちゃって!!)


(思いっきりやっちゃって!! って、言われても……!?)


 ここでようやく有栖が自分の発言を深読みしていたことに気がついた陽彩が青くしていた顔を赤く染めていく。

 まさか、あの勢い任せの言葉がこんな事態を招くなんて……と後悔する彼女であったが、親友である有栖が自分のために恥を覚悟でやってくれたことを考えると、この機会を無駄にするわけにはいかないとしか思えなくなってしまう。


 注目されているわけではないとはいえ、こんなにも多くの人たちがいるカフェの中で異性にあ~んをするだなんて、恥ずかしさで頭が沸騰してしまいそうだ。

 だがしかし、ここで逃げたりなんかしたら有栖の頑張りを無駄にしてしまうわけで、勘違いとはいえ自分の発言が原因で行わせてしまった親友の行動を無為にしたくはない。


 でもやっぱり恥ずかしい。だけれども有栖の気遣いを払いのけたくはない。それでも恥ずかしさは拭えないし、でもでもやっぱり逃げるわけには――


「は、蓮池先輩? あんま無理しなくて大丈夫ですよ? 有栖さんも、無茶ぶりは良くないと――」


 そんな彼女を見かねた零は、やや遅めながらも陽彩へと助け船を出し、有栖の提案をやんわりと流そうとした。

 ……のだが、その時には既に覚悟を決めた陽彩が無造作に切り取ったケーキを乗せたフォークが目の前に突き出されており、その勢いの良さに驚く彼へと、顔を真っ赤にした彼女が震え声で言う。


「あ、あ、あ、あ~ん……っ!!」

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