ミッション2・あ~んをしよう!

「蓮池先輩!? 先輩までこんなことする必要はないんですよ!? ほら、有栖さんも何とか言ってあげ――!」


「零くん! 陽彩ちゃんがここまで頑張りを見せてるんだから、断っちゃダメでしょ!? あ~んして! あ~ん!」


「えぇ……!?」


 いったいどういうつもりなのだと、かなり無理をしている様子の陽彩とそんな彼女を後押しするような有栖の言動に困惑する零。

 何かがおかしいというよりかは何もかもがおかしいこの状況に困り果てる彼であったが、同時に元来の諦め思考によってこれを受け入れつつもあった。


 有栖と陽彩は似ているところがある。その場ノリに流されやすいところも一緒だ。

 おそらくは有栖があ~んをする様を見て、自分も同じようにやらなくてはいけないと思い込んでしまったのだろうと陽彩の思考に当たりをつけた零は、超高速で自分の取るべき行動を模索していく。


 その一、なんとかして断る。

 これが最も無難な方法ではあるが、乗り気になっている陽彩と有栖のコンビを説得するのには骨が折れそうだし、仮に上手くいったとしても罪悪感が凄いことになりそうだ。

 この後もお出掛けを続けることを考えると、ここで二人を凹ませることは避けた方がいい。ということで、残念ながら却下。


 その二、上手いこと誤魔化してお茶を濁す。

 正直に断るのではなく、話を逸らしたりこの場から逃げて時間を稼いだりして陽彩の気持ちが変わることを期待する……という方法もあるが、こちらも先のパターンとほぼ同じ理由で断念せざるを得ない。


 ということはつまり、残された道は一つしかないわけで――


「え~、あ~、うん。そうだね。じゃあ、お言葉に甘えようかな!」


 パターン三、何てことでもないようなふりをして普通にあ~んしてもらう。

 妙に緊張したり意識したりしながらこの行動をした方が後々のダメージは大きくなる。ならば、軽い雰囲気で平然と行ってしまった方がお互いに傷は浅いはずだ。


 あとはこのことを配信上でバラされなければ問題はない……とは言い切れないが、とりあえずは大丈夫だろう。(そう信じたいという零の願望が大半である)


 とまあ、そんなふうに陽彩への気遣いも含めてこういった対応をすることを決めた零であったのだが、そんな彼の態度は陽彩の目には全く違う意味合いを持つものとして映っていた。


(あ、有栖ちゃんの時には恥ずかしそうだったのに、ボクの時にはこんなにあっさりと……!! やっぱり二人は、ただならぬ関係――!!)


 有栖の時には緊張や戸惑いを見せていた零が、自分に対しては若干の注意だけですんなりとあ~んを受け入れてみせた。

 有栖からのあ~んと、陽彩からのあ~んでは印象や意味が違うと……ある意味では誤解であり、また別の意味では正しい解答を導き出した陽彩の頭の中では、零と有栖によるイチャつき劇場が繰り広げられていた。


『零くん、あ~ん♡ 私のケーキ、食べて♡』


『ははは! 有栖さんってば、蓮池先輩の前でイチャつくだなんて恥ずかしいじゃあないか。この欲しがりさんめ~!』


 ハートマークが乱舞する二人のやり取りを妄想し、その恥ずかしさに顔を赤くする陽彩。

 だがしかし、元から羞恥によって赤面していた彼女のその変化に気が付く者はおらず、陽彩もまたこの状況をプラスに受け止めると共に再度覚悟を決めたようだ。


(これは友人同士の悪ふざけであって、有栖ちゃんと零くんがやる恋人同士のイチャイチャとは全然違う行為なんだ! だから大丈夫! 問題はない! むしろ恥ずかしがるボクが異常まである!)


 そんなふうに自分自身にあれこれと言い聞かせつつ、陽彩が零へとケーキを乗せたフォークを差し出す。

 零もまた内心の焦りを一切感じさせない平然とした様子で口を開けると、彼女からのプレゼントを頬張ってみせた。


「うん! こっちのケーキも美味しいね! また機会があったら、こっちも食べてみようかな!」


「ふふふ! 良かったね、零くん! 陽彩ちゃんに食べさせてもらったお陰で一層美味しく感じられたでしょ?」


「い、いや、ボクなんかよりも有栖ちゃんに食べさせてもらった方が美味しかったと思うし、ボクのせいで味が落ちたまであるし……やっぱり正妻には敵わないっていうか、ボクは所詮ただの友達っていうか、恋人である有栖ちゃんの方がもにょもにょ……」


 努めて平然を装い、心の中の緊張や動揺を外に出さぬよう振る舞う零。

 上手く友人たちの間を取り持ち、親密さを深めるための手助けができたと満足気な有栖。

 やってしまった後で気恥ずかしさやら罪悪感やらが込み上げてきて、まともに会話ができなくなっている陽彩。


 三者三様、全く違うことを考えている三人が囲むテーブルは、他の客から見ると結構異質に見えており、従業員も甘いんだかそうじゃないんだかわからない、一見すると三角関係の修羅場にも見えるこの席のことを遠巻きに見守っていたそうな。

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