ようやくできた、私の夢
「――と、いうわけで……【反省厨】初の外部コラボが決定しました! 1か月後、楽しみにしていてください!!」
【マジか!? やっべぇ~っ!!】
【重大発表にも程があるwww 乗りに乗ってるな、反省厨!】
【初の外部コラボが企業勢との大規模コラボとかすげえよなぁ……】
話し合いから数日後、マリは配信上で大規模コラボの告知を行っていた。
突然の発表は『牧草農家』たちの度肝を抜いたようで、コメント欄はマリ単独での配信であるというのに凄まじい盛り上がりを見せている。
まだまだ決めなければならないことはあるし、あくまでこういったコラボを行うことだけが決定しただけではあるが……それでも、このコラボがマリや【反省厨】のメンバーたちにとって大きな一歩になることは誰もが理解しているようだ。
コラボが実現することよりもこういった話が舞い込んできたこと自体を喜ぶファンたちの反応に、マリも嬉しそうに笑みを浮かべる。
【企業からコラボを許可してもらえるなんてすごいじゃん! 反省厨にそれだけの信頼があるってことだよ!】
【発足してからまだそう時間が経ってるわけじゃあないけど、マリちゃんは炎上のマイナスを挽回しようと頑張ってきたからなぁ……】
【努力が実を結んで俺も嬉しい! コラボに向けて頑張って!】
「ありがと~! 『牧草農家』たちに楽しんでもらうためにも、一生懸命頑張るよ~!」
最近は本当にめでたい報告が増えた。それに合わせて、リスナーたちの数も増えたと思う。
ようやくではあるが、かつての勢いを完全に取り戻せたのではないかと思えるくらいに賑やかになってきた配信の状態を確認しながら、マリは集まっている『牧草農家』へと言った。
「寝耳に水っていうか、唐突なお誘い過ぎてびっくりしちゃったからね。でも、これも【反省厨】のメンバーに引き合わせてもらったから生まれた話だったし、そう考えるとグループを結成しなかったらこんなふうにはなってないわけだからさ、本当に動いてよかったっていうか、なんというか……」
【人に恵まれてるって感じはあるけど、チャンスを掴むために動いたのはマリちゃんだからね。胸を張ってよ!】
【炎上後の方が雰囲気いいし、おすすめできるVtuberになったと思う】
【反省厨に関してもマリちゃんがしっかり面倒見てあげてるからこそのびのび活動できてると思うし、メンバーも感謝してたよ!】
「いや~、なんだろうなぁ……とんとん拍子で話が進み過ぎて、まだ夢なんじゃないかって疑ってるよ。それくらい信じられない話だもの」
とんでもないやらかしの果てに大炎上をかまし、一時はVtuberとしてまともに活動することすらできなくなっていた。
その状況でも腐らず、信頼回復を目標に支えてくれるファンたちに感謝しながら駆け抜けたこの日々は、マリ自身もその周囲の状況も大きく変えるものになったと思う。
同じ境遇の仲間たちと手を取り合い、協力して状況を打開して、少しずつ前へ前へと進んできた数か月のことを振り返った彼女は、小さく息を吐くと共にこれまでのことを総括して述べる。
「いいことも悪いことも沢山あった。でも、それは全て自分が行動した結果、そうなったっていうものばっかりだったと思う。いいことをしてもいいことが返ってくるとは限らないけどさ、悪いことをしたら必ず悪いことが返ってくるってことだけはよく理解できたよ」
デマの拡散という悪事を働いたことでどん底まで落ちたVtuber生活ではあるが、それでも自分は諦めずに戦い続けることでそこから這い上がることができた。
少なくとも、何もしてないというのに他人からボロクソに言われて引退を望まれ続けた誰かさんよりかは随分とマシな毎日であったと思いながら、同時にマリはコラボを持ちかけてきた企業勢のVtuberとの話の中で出た、頑張る理由について思いを馳せていく。
それは目標であり、目的であり……Vtuber活動を通しての夢ということになるのだろう。
共演NGを言い渡された【CRE8】に所属しているタレントたちが共通して持つそれについて考えながら、彼女はここ数か月で得た自分の夢についてリスナーたちへと語っていった。
「Vtuberを始めた頃はただ楽しそうだとかバズりたいとかしか考えてなかったんだけどさ、今はなんか……色々と背負うものができたっていうか、目標みたいなものができた気がする。【反省厨】のみんなとドデカい企画をやってみたいっていうか、もう一度表舞台に立ってみたいって思ってる。大失敗した奴でも、やり直すことはできるんだよって、自分の姿を見せることで沢山の人たちに伝えてみたいかな」
【ちょっと芽衣ちゃんと似てるね。人は変われるってことを証明するって部分は同じだ】
【沢山の人たちから見られるからこそ、自分の行動に責任が生まれる。反省厨ってグループを立ち上げて、その筆頭になったことで生まれた責任感もあるしね】
【数か月前と比べれば随分と変わったと思う。そういう姿を見たからこそ、企業側も所属タレントとのコラボを許可してくれたんだと思うよ】
「うん、そうかもね。でもそれは、ここまで私を見捨てずに応援してくれた『牧草農家』がいたからこそだからさ~……感謝してるよ。ありがとう」
以前に自分がデマをばら撒いたせいで、彼らを加害者にしてしまったことを忘れたわけではない。
普通に考えれば見捨てられて当然だとは思うのだが、それでも今日という日まで自分を応援し続けてくれている『牧草農家』たちに感謝しながら、マリは自分の目標を段階的に宣言していった。
「まずは信頼を勝ち取る! 私だけじゃなくて【反省厨】のみんながやらかしたけど心を入れ替えて頑張ってる連中だって思ってもらえるようにする!」
【勝ち取れてるんじゃない? Vの事務所が許可出してくれてるくらいだしさ】
【少なくともマリちゃん周囲の人たちはマリちゃんのことを認めてくれてると思うよ!】
【前に進んでる姿を見てるからこれからも応援していくよ! ファイト!】
「サンキュー! この目標の達成基準は【CRE8】さんから共演NGを撤回してもらうことかな? それで、配信上で改めて芽衣ちゃんと枢くんに謝る……それが、今の私の目標」
信頼の回復と言うのは簡単だが、どの段階でそれが叶ったと考えるかは人それぞれ基準が違う。
企業勢からコラボOKを出された今ならば十分に信頼を勝ち取れているとリスナーたちは言うが、マリにとってはこの程度ではまだまだだ。
【CRE8】から出された共演NGを撤回してもらわなければ、何もかもが元通りになったとはいえない。
この目標が達成されなければ自分はまだマイナスなのだと、そう自分自身に言い聞かせたマリの下に、『牧草農家』からこんな質問が届く。
【じゃあ、マリちゃんの夢はまたくるるんたちとコラボできるようになるってこと?】
「ううん、ちょっと違う。今言ったのは目標であって、夢じゃない。私の今の夢は……【反省厨】のみんなとリアルイベントを開催すること。逆境を跳ね除けて、応援してくれたみんなの前でありがとうって言うこと。それが、私がVtuberとして叶えたい夢だよ」
信頼を勝ち取る、出された共演NGを撤回してもらう、知名度や人気を獲得していく……そういったステップを一つずつ昇った先にある、新たに得た仲間たちと大きな祭りを開催するという夢を語るマリ。
胸の中にある熱い想いが、この夢が、自分に前へと進む力をくれるのだと、そう語った彼女は、枢や芽衣のことを思いながらふわりと微笑む。
そう、きっとそうなのだ。彼や彼女がどんな逆境でも諦めずに戦い続けることができるのは、夢という原動力があるからなのだろう。
強い自分になりたい、自分の存在を証明したい、そういった想いがあるからこそどんなに責められても、厳しい現実に直面しても、それでも前へ前へと突き進む強さをくれる夢が持つ力を知ったマリは、ようやく自分が2人と同じステージに立てたことを喜んでいる。
だが、自分と彼らの間にはとても大きな隔たりが存在していて、これを乗り越えるのにはもう少し時間がかかりそうだ。
この壁を越えて、芽衣と枢と再び共演できるようになって、それで初めて本当の意味で自分のVtuber生活が始まるのだと……ようやく見え始めたスタートラインに対する思いを募らせたマリは、そこで『牧草農家』たちへと笑いながら言う。
「ま、そんなわけだからさ。これからもアルパ・マリちゃんのことをよろしく頼むぜ~! 同じ失敗を二度と繰り返さないよう、頑張るからさ!」
お茶目に、無邪気に、『牧草農家』たちへとマリが語り掛ければ、彼らから【もちろんさ!】や【一生推し続けるよ!】といった喜ばしいコメントが返ってくる。
自分は恵まれているなと思いながら、莫大なマイナスからゼロへと自分が近付いることを喜んだマリは、今日もリスナーたちを楽しませるために、配信にのめり込んでいくのであった。
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