まだまだ遠い、自分と彼

 女性だらけのVtuber事務所からデビューした際には盛大に叩かれた蛇道枢が、今やその時に浴びせられたバッシングなど軽く凌駕するレベルの応援を浴びて活動している。

 批判していた人々から認められ、立派な【CRE8】の一員となった彼の扱いに抗議する人の数がそれを物語っているだろう。


 わかっているようでわかっていなかった、枢がどれだけの人気者になったのかということを。

 この数か月で大きく様変わりした彼への評価を改めて認識したマリは、真顔になりながらぼそりと呟く。


「遠いな、まだまだ。むしろ、あの頃よりも差が開いてるや」


 少し、勘違いしていたのかもしれない。

 【しくじりVtuber】の企画が上手くいって、その流れに乗って【反省厨】を立ち上げて、仲間を得て様々な配信を行えるようになったマリは、大切なことを忘れていた。


 自分はゼロからスタートしたのではなく、マイナスからの再出発を果たした、ということだ。


 確かに今のマリは再ブレイクを果たしているが、それはあくまで失ったものを取り戻しつつあるというだけである。

 Vtuberとして活動できるだけの土台を作り上げたというか、コラボも活動の軸となる企画を持つことも普通の配信者ならば当たり前のことで、マリはそれを再び得ただけに過ぎない。

 その間、こつこつと真面目にVtuberとしての活動に取り組んできた枢は、マリがマイナスを取り戻している間にずっと遠くに行ってしまっていて……気が付けば、彼の背中が見えなくなるくらいまで距離を離されてしまっていた。


 チャンネル登録者の数を見てもその差は歴然で、ようやく1万を突破したばかりのマリに対して蛇道枢のチャンネル登録者数は20万オーバーという圧倒的な開きがある。

 個人勢と企業勢という違いこそあるものの、それが自分たちの明暗を分けたわけではないということもマリは理解していた。


 炎上後、誰とも絡むことができずにいたマリと違って、枢は芽衣をはじめとして多くのタレントたちと関係を築いている。

 前世問題で界隈を騒がせた花咲たらばであったり、事務所から面倒を見るように頼まれたリア・アクエリアスであったりと、同期たちと絡むことが多くなった。

 それは即ち、かつては箱推しファンから拒絶されていた異性間のコラボを行っても文句が出ない程の信頼を枢が得たということだ。


 ファンたちからの印象も、同業者たちからの印象も、何もかもがマリとは違う。

 彼女がマイナスを補填するために頑張っている間、枢は前に向かって進み続けていたのだと……チャンネル登録者の数だけではない自分と彼との差を認識したマリは、大きなため息を吐いてから自嘲気味に呻く。


「埋められるのかな、この差を……? いつか、また話せるようになる日が来るのかな……?」


 マリの最終的な目標は【CRE8】タレントとの共演NGの解除と、再び蛇道枢と羊坂芽衣と配信を行い、かつての行いを謝罪すること。

 そのためには相手側に伝わる程の反省の意志をVtuberとしての活動を通じて示さなければならない。

 他にもファンたちを納得させるには相応の人気を獲得しなければならないし、周囲から見て不釣り合いなコラボだと思われないように努力しなければならないだろう。


 そのためには、少しでも枢たちとの差を埋めなければならないのだが……彼女が少し目を離している間に、彼らは随分と遠くに行ってしまった。

 決して自分も立ち止まっているわけではないのだが、それでもここまでの差をつけられてしまうと凹んでしまうことも確かだ。 


「最近は上手くいってると思ったけど、やっぱりまだまだだね。本当に遠くに行っちゃってさぁ……」


 今は不穏な空気が漂っているが、枢は絶対に復活するという確信がある。

 その時にはファンたちからの盛大な歓声に迎えられ、そして更なる人気と信頼を得ることになるのだろう。


 それなりに忙しくしているが、この程度で満足してはいけないと気を引き締めて、自分自身の目標を再認識すると共に目の前の活動を真面目に行っていこうと言い聞かせる。

 枢もそうやって信頼を獲得し、現在の人気を得たのだから……と、自分の運命を変えた少年のことを思いながら、ネットの巡回を終えて本日の作業へと取り掛かるマリ。

 

 そんな彼女に更なる転機が訪れたのは、これから数日後のことであった。


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