復帰から、ちょっと経った配信
翌日の配信から、マリは普段通りの明るい雰囲気を取り戻していった。
普段通り、といっても以前のように暴言や発狂といった危険で見苦しい言動は控えており、強い言葉を使う際もあくまでプロレスめいた雰囲気を保つよう努力している。
これまでの彼女とは大きく違うその様子からは、マリ自身の反省と自分を変えようという意思が確かに垣間見えていた。
ありがたいことに、残ってくれた
そしてもう1つ、運もまた彼女に味方してくれているようだ。
これまで配信のお供としてきた酒ではなく、気持ちを落ち着かせてくれる白湯を一口飲んだマリは、その話題について明るい口調で触れていく。
『凄いよね、蛇道くん。もうすっかり芽衣ちゃんの盾って感じだ』
先日、SNS上でインターネット上でのセクハラに関する意味深な投稿をしたことで注目を集めていた蛇道枢。
その発言が同期である羊坂芽衣のために行ったものであるということがとあるスレッドの内容が話題になったことで判明した今、Vtuber界隈での彼の評価がまた上がっている。
【CRE8】の忌み子などと呼ばれていた数週間前の日々が嘘であるかのように自身への評価を逆転させた枢は、今も調子に乗ることなく活動を続けているようだ。
すっかり芽衣の盾ポジションが板についてきた彼について、マリがしみじみとした口調で語る。
『私の時もそうだけどさ、今回みたいに芽衣ちゃんのために声を上げて戦えるあの子は本当に凄いって思うよ。疑ってたわけじゃないけど、芽衣ちゃんの夢を守りたいって言葉は本心から口にしてたんだね』
自らの危険も顧みずに炎の中に飛び込み、危機に瀕していた芽衣を救った枢の行動を振り返ったマリはここ数週間で何度も再認識している彼の凄さに感服していた。
幾度となく味わった炎上の恐ろしさに屈することなく自らの意志を貫き通すことの困難さを理解したからこそ、彼の凄さを改めて知ることができたマリはこう話を続ける。
『こんな私が言えることじゃないけどさ、これからも頑張ってほしいよね。枢くんも、芽衣ちゃんも、私のせいで少なからず出遅れちゃった感があるし……1日でも早く同期さんたちとのコラボが実現できますようにって、本気で祈ってる』
マリとの一件を経て枢の評価はうなぎ登り状態になっているが、決していい現象だけが起きているわけではない。
燃え盛る炎の中に突っ込んだ枢も芽衣も多かれ少なかれ火傷を負ってしまったし、その影響で予定されていた2期生コラボに出席できなかったという弊害もある。
それもまた自分のせいだと反省しているマリは、2人が改めて同期たちと絡めるようになる日が来ることを心から願っていた。
自分から騒動を起こしておいてどの口が言うのかと叩かれても仕方がない発言ではあるが、それでも彼女は自らの罪を悔いる意味を含めて配信でその想いを告げる。
リスナーたちもまた、そういった野暮なツッコミを入れることはせずに彼女の話を聞いていたのだが……。
『……そうだ、それとはあんまり関係ないんだけどさ。最近、新しい性癖に目覚めたんだよね。寝取られっていうんだけど……』
【おおっとぉ……?】
【どうしてこの流れで性癖の話になるのか】
【しかもNTRとか癖が強過ぎない?】
……何故だか、デリケートというかアブノーマルな話題をぶっこんだマリの言葉に困惑を隠せないリスナーたちのコメントが飛び交う。
何がどうなったらこの流れで寝取られなどという過激なワードが出るのかと、そう問う彼らに向けてマリは先程よりも感情が籠ったしみじみとした口調でその答えを述べた。
『私の好きだった芽衣ちゃんが他の男と仲良くなって、2人でコラボしたりイチャイチャしたりしてさ……それを見てると胸がぎゅ~っと押さえつけられるような苦しさを感じるんだけど、あの2人がお似合いなのは疑いようのない事実で、私が間に入る余地なんてなくって……脳を破壊される苦しさの中にあるてぇてぇの中毒になったせいか、寝取られものがイケる口になっちゃったんだよね……』
【おい待てそもそも芽衣ちゃんはお前のものじゃなかっただろ】
【それはNTRというよりBSS(ボクが先に好きだったのに)じゃないのか……?】
【炎上は人の心を壊す。マリちゃんもその犠牲になってしまったんだね()】
暴言と発狂は封印したマリであるが、下ネタは普通に口にするつもりのようだ。
ある意味では彼女らしいラインの引き方に苦笑しつつも、マリがこれまでのスタイルを完全に捨てるつもりではないことを知った牧草農家たちは安堵すると共に彼女へとツッコミを入れていく。
『これ、また炎上するかなぁ? ギリセーフのラインじゃない?』
【ギリギリを攻める必要はないのでは? ボブは訝しんだ】
【そもそも芽衣ちゃんとくるるんはエッッしたわけじゃあないからNTRじゃあないんだよなぁ……】
【夏コミフェスで芽衣ちゃんが枢に寝取られる薄い本が出たらお前のせいだぞ】
ツッコんだり、呆れたり、笑ったり……少しだけ過激な空気ではあるが、アルパ・マリらしい配信の雰囲気を牧草農家たちも楽しんでいる。
炎上を経験したからといった全てが変わってしまうわけではないと、これまでと同じマリの語りぶりに笑みを浮かべたリスナーたちは、それはそれとして変わった方がいいものもあるぞと彼女に指摘しつつ、この配信を楽しみ続けるのであった。
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