失った信頼を、取り戻すために

 不祥事を起こした人間が復帰の際に行うことというのは、バーチャルでも現実でも変わらない。

 謝罪を行い、炎上の経緯を説明し、解決までのことも話す……こうして言葉にすると簡単だが、それがどれだけ重苦しいものなのかということは実際に経験してみないとわからないものだ。


 自分と同じVtuberや芸能人が不祥事を起こしてしまった際に謝罪会見を行う様をマリは何度も見てきた。

 だが、実際に自分が彼らと同じ立場になった今、見るとやるとでは大きな認識の差が存在しているということを彼女は理解している。


 感じるプレッシャーは想像の何倍も重く、胸をぐっと押さえつけられているかのような息苦しさが止まらない。

 芸能人の謝罪会見のように大勢の記者やカメラマンに取り囲まれているわけでもないのに、沢山の人々に見られているような感覚に襲われながらも自分の責任を果たしていく彼女は、改めて枢の凄さを実感していた。


(あの子はこのプレッシャーに負けずに私の配信に殴り込みに来たんだな……それも自分のためじゃなくて、芽衣ちゃんを守るために……)


 味方が1人もいないどころか敵だらけの状況でその本丸に殴り込みに来た枢の意志の強さが、彼と似た立場になってようやく理解できた。

 自分のしでかしてしまったことへの責任を果たしているだけの、高々数百人程度のリスナーに囲まれているだけの自分がこれほどまでの重圧を感じているのだ、他人のために数万人の敵の真っ只中に飛び込んできた彼がどれだけのプレッシャーを感じていたかなんて想像もつかない。


 苦しんで、耐えて、何度だって立ち上がって……その上で自らの意志を貫き通した枢は本当に凄い人間だ。

 そして、芽衣もまた彼に守られるだけでなく自分の意志を表明するために、自らの弱さを告白してみせた。


 2人とも、本当に凄い。自分より年下であろう彼らが見せた強さに感服するマリは、同時に自分自身の弱さに辟易してもいた。

 ただ、あの配信で枢たちの強さを目の当たりにしたからこそ、自分は今もこうして逃げずに自身の罪と向き合うことができている。

 全ての元凶である自分が逃げるわけにはいかないと強く言い聞かせながら、彼女はリスナーたちへと話を続けていった。


『……今回の私の問題行動の被害者となった羊坂芽衣さん及び蛇道枢さんの所属事務所である【CRE8】さんからは、寛大なご処置を賜りました。訴訟といった法的手段は採らず、所属タレントとの共演NGを言い渡すのみの処分で留まっています。私がしてしまったことを考えると、この程度のペナルティで済ませていただいたことには本当に感謝しかありません』


 これは偽らざるマリの本心だった。

 悪意を持ってデマを広め、芽衣の体調不良や枢が誹謗中傷に晒される事態を招いた彼女は、本来ならば何らかの法的措置を採られても何もおかしくないどころかそれが当たり前であるはずだ。


 しかし、【CRE8】側は今回の騒動が解決したこととマリが自身の行いを深く反省していることから情状酌量の余地があると判断し、彼女に所属タレントとの共演NGを言い渡すのみという異例の措置で処分を留めている。

 あれだけの騒ぎを起こしてしまったというのに自分がこんなにも早く復帰できたのも、全ては【CRE8】の寛大な処置のお陰であると、マリは思っていた。


『……今回の事件で最も反省すべき点は、私が流布したデマによってファンの皆さんにおふたりを攻撃する片棒を担がせてしまったことだと思っています。私の暴走が原因で皆さんを加害者にしてしまったことは配信者、インフルエンサーとして何よりも恥ずべき点で、皆さんからの信頼を裏切る最悪の行為だったと猛省しております』


 自分のファンである牧草農家たちにも本当に悪いことをしてしまった。一歩間違えれば、彼らを犯罪者にしてしまっていたところだった。

 自分の目的のために彼らを利用してしまったことを反省し、改めて彼らへと謝罪を行うマリ。

 罵声や叱責が浴びせられて当然の自分に対して、温かなコメントを送ってくれる彼らに感謝しつつ、彼女は話を締め括りにかかる。


『今、私への信頼は大きく失われ、自分が白い目で見られているということは重々に理解しています。そんな状況下でこうして私の話を聞きつつ、再出発を見守ってくださっている皆さんに改めて感謝の気持ちを伝えさせてください。失った信頼を取り戻すためにも、私を見捨てないでくださる皆さんの信頼に応えるためにも、本日より私は生まれ変わった気持ちで活動を行っていく所存です』


 個人勢Vtuberであるマリには、不祥事を起こした際に庇ってくれる事務所などない。大変な時に支えてくれる同期もいない。

 だが、苦境に立たされた自分を応援してくれるファンたちは確かに存在していて、それが何よりも彼女の力になっていた。


『……そう簡単に許されないようなことをしてしまったという自覚はあります。その上で、私は反省や贖罪の意をこれからの活動で示していくつもりです。応援してくれ、などとは口が裂けても言えませんが……どうかそんな私のことを見守ってくださりますよう、よろしくお願いいたします』


 当面の目標は失った信頼を取り戻すこと。マイナスをゼロに戻すことだ。

 その達成の目安となるのはチャンネル登録者数でも、同時接続数でもない。【CRE8】から出された共演NGの解除だ。


 それが困難な道であることも、簡単に達成できるような目標でないことも理解している。

 それでもいつか自分の反省の気持ちが多くの人々に伝わることを祈りながら、マリは掲げたその目標に向けて突き進むことを決め、活動を再開した。


 今までのように配信上で暴言を吐いたり、発狂する様を見せていては到底叶わない目標だろう。

 だからこそ……アルパ・マリはここで生まれ変わる必要がある。そうしなければ、自分を許そうとしてくれた枢や芽衣に申し訳が立たない。


 やるのだ、なんとしても。それが今の自分がすべきことなのだから。

 そう自分に言い聞かせながら、マリはもう幾ばくかの謝罪と反省の弁を述べた後で本日の配信を終える。


 道のりは長いが、一歩ずつ進んで行こう……深く息を吐き、天井を見上げながらそう思った彼女は、こうして復帰配信を終え、再出発を果たした。

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