次こそは、きっと……

『……ゆかり、檸檬、お疲れ様。こんな結果になっちゃって、本当にごめんね』


『夕張先輩……!!』


『ルピア……』


 とても静かで、穏やかな声で、戦いを終えたチームメイトを労うルピア。

 これまでとは打って変わった力の抜けたその声と、後悔ばかりが募る自分たちのプレイングに拳を握り締めたゆかりが、泣き叫ぶようにして彼女へ言う。


『すいません、夕張先輩っ! 自分が最後油断さえしなければ、相打ちに持っていかれなければ、勝てていたはずなのに……!!』


『ううん、そんなことないわ。こうなったのは全部、私のせい。この試合での判断やプレイングだけじゃない。ずっと前から失敗ばかりしてた。そのせいで2人にも負担をかけちゃったわね』


 自分の失敗を詫びる後輩に対して、ルピアはこの大会に至るまでの自身の行動を振り返りながらその言葉を否定する。

 試合中の動きだけではない、今日という日を迎えるまでの全てを思い返した彼女は、静かな声で仲間たちに謝罪していった。


『ごめんね、ゆかり。FPS初心者のあなたに厳しい指導ばっかりして、苦しかったでしょう? 檸檬も私のフォローばっかりさせちゃって、本当にごめん。私ずっと、周りのことが見えてなかった。勝たなきゃ、勝たなきゃってそればっかりになってて……2人と楽しくゲームすることを忘れてたわ。負けたことよりも、他の何よりも、今はそれが本当に悔しい。何でもっとあなたたちと笑いながらゲームをできなかったんだろうって、そのことばっかり後悔してる』


 憑き物が落ちた時の人間というのは、今のルピアのような者のことを指すのだろう。

 全てが終わり、自分の間違いに気が付いた彼女が静かに重ねた後悔を吐露する中、声を震わせた檸檬が涙を堪えながら口を開く。


『ねえ、ルピア。あんた今、悔しいんだよね? 私もそうだよ。全部が終わったっていう解放感より、楽になれるっていう気持ちより……負けたことに対する悔しさの方が大きい。勝ちたかったんだって、大好きなあんたたちと一緒に優勝して、笑いたかったんだなって、私も今、気が付いた。一緒だよ、私も。だからまた1人で抱えようとしないでよ。私たち、友達チームでしょ?』


『檸檬……』


 普段は飄々としている同期の感情を乗せた声に心を揺さぶられるルピア。

 悔しい感情も苦しみも、1人で抱えるのではなくみんなで分かち合おうという彼女の言葉に彼女が息を飲む中、もう1人のチームメイトであるゆかりが呆然とした声で2人へと言う。


『先輩方、自分の配信のコメント欄、見てみてください……!』


『えっ……?』


 唐突なその発言に驚きつつ、これまで切っていたコメント欄の表示を復活させたルピアは、そこに流れる文字を目にして驚きに言葉を失う。

 魚住しずくの配信にも負けない勢いでコメントを寄せるリスナーたちは、【Winning Girls】の健闘を全力で称えてくれていた。


【惜しかった。でも、これまでで一番いい試合だったと思う。ルピア、檸檬、ゆかり、本当にお疲れ様】

【3人の悔しさが画面越しにも伝わってきたよ。観てただけなのにどうしてかな? 俺も悔しくて悔しくて仕方がないや】

【この結果を見たアンチたちがまた何かを言いにくるかもしれない。でも、これだけは忘れないでくれ。俺たちは全力で優勝を目指したルピアたちを凄いと思ってる。勝てなかったけど、負けちゃったけど、そんなの関係なしに感動したよ。最高のゲームを見せてくれてありがとう】


 全力を尽くして戦った選手たちのことを見守り続けていたのは、何も【Milky Way】を応援するリスナーたちだけではない。

 ルピアたち【Winning Girls】を応援し続けた者も数え切れないくらいにいるのだ。


 穂香の炎上から好奇の視線に晒され、多くのアンチに叩かれながらもその重圧を跳ね除けてやると戦い続けるルピアたちの姿を、彼らはずっと見守り続けてきた。

 例え彼女たちが優勝できなかったとしても、惜しくも敗北してしまったとしても……誇りを胸に戦い続けた彼女たちを応援してきたリスナーたちは、結果だけではなく過程を見て、抱いた感動を3人に伝え続けている。


 2位という結果は恥じるものではない。十分によくやったと、胸を張ってくれと、彼らは言っていた。

 勝つことを目的としてゲームをすることは絶対的な正解とはいえない、だが、完全なる不正解ともいうことはできない。

 少なくとも今、懸命に優勝を目指して走り続けたルピアたちの姿に心を揺さぶられた人々がこれだけいるという事実を、彼らの感動を否定することなんて誰にもできないはずだ。


『……次は勝ちましょうよ。FPSでもMOBAでも格ゲーでも何でもいい。またこの3人でチームを組んで、大会に出て、その時こそ優勝しましょう。自分、そうしたいっす! まだまだお2人とゲームしたいです! だから、だから――っ!!』


『辞めたりしないわよね、ルピア? たった1度の敗北でへこたれるようなタマじゃあないでしょ?』


 後悔はある、それを否定することはできない。

 ただ、自分たちの行いが間違いではなかったということをリスナーたちの反応を通して理解したゆかりと檸檬が押し黙るルピアへと問いかける。


 鼻をすする音を配信に乗せ、暫し気持ちを落ち着かせるために無言でい続けた後……ルピアは、仲間とファンたちに向けて、少し涙交じりの声だが普段の強気さを感じさせる声で断言した。


『当然じゃない! 次こそは私たちがあいつらに勝って、笑ってやるわよ!』


 それでこそ夕張ルピアだと、リスナーたちがリベンジを宣言した彼女へと賑やかしのコメントを送る。

 陽彩たちと同じように、ゲームによって心を繋ぐことができた人々たちの姿が、確かにそこには存在していた。

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