みんなを笑顔にするために



【どうかしたの、ウオミー?】

【緊張してる? 大丈夫?】


 唐突な彼女の言葉に驚きを見せるリスナーたちが、気遣いのコメントを陽彩へと送る。

 そのコメント一つ一つに目を通しながら、チームメイトたちが自分の言葉に黙って耳を傾けてくれていることに感謝しながら、彼女は本番を目前に控えた今の心境を配信を見守ってくれている大勢の人々に向けて語っていった。


『……大会に出るって決めてから今日まで、本当に色んなことがあった。沢山の人に迷惑を掛けたり、みんなにも心配かけちゃったりしたことを、まずは謝らせてください』


【そんなこと気にする必要ないよ! ウオミーたち、何も悪いことしてないじゃない!】

【んだんだ。謝る理由なんてないって】


『あはは、そうだね。うん、そうだ。ボクがみんなに伝えたいのはごめんなさいって言葉じゃなくて、ありがとうの気持ちだもん。きちんと、それを伝えないとダメだよね』


 弱気でネガティブな性格のせいで、まずは謝罪から入ってしまったが……ここまで自分を支えてくれた仲間やリスナーたちに本当に伝えるべきなのは、感謝の言葉であると思い直した陽彩が息を整える。

 改めて、【ペガサスカップ】に参加すると決めた日から今日までのことを振り返った彼女は、ここまで関わった全ての人たちに対する感謝の気持ちを言葉にしていった。


『こうして感謝の気持ちを伝えようとすると、誰から話をすればいいのかわからなくなっちゃうけど……やっぱり最初は、薫子さんとしゃぼんさんかな? こんなボクの願いを聞き入れて、枢くんと引き合わせてくれた。裏で色々と動いてくれた2人には、本当に感謝してる』


 数少ない友人であるしゃぼんと、事務所の代表である薫子へと感謝した陽彩は、そこから顔を上げてチームメイトの立ち絵を見ながら話を続ける。


『それで、枢くん。君にはどれだけ感謝してもし足りないくらいにお世話になりました。ボクの背中を押してくれたこと、芽衣ちゃんと引き合わせてくれたこと、ボクのちっぽけな夢を守ってくれたこと……全部全部、心の底から感謝してます。今日までボクを支えてくれて、本当にありがとう』


『……こちらこそ、この1か月で色んなことを教えてもらいました。感謝するのはこっちの方ですよ』


 1か月前、事務所で初めて顔を合わせた時のことを振り返った零もまた、陽彩に対して心からの感謝を伝えた。

 ゲームに関することで炎上していた自分を助け、そこからも先輩として面倒を見ようとしてくれていた彼女の献身に改めて深い敬意を示した零との会話を終えた陽彩は、気持ちを落ち着かせるように深呼吸をすると再び口を開く。


『芽衣ちゃんも、本当にありがとうね。ゲームがあんまり得意じゃないのに一生懸命に練習してくれて、ボクに付き合ってくれて……ボクと友達になってくれて、ありがとう。2人のお陰で毎日が本当に楽しかった。大変なことがあっても幸せな気持ちでいられたのは、全部枢くんと芽衣ちゃんのお陰です』


『私もしずくちゃんと友達になれて嬉しかったし、一緒にゲームができて楽しかったよ。大会の練習を通じて、一緒に強くなっていけてるって気持ちになれて、凄く嬉しかった』


 次いで、この1か月で絆を深めた有栖へと感謝を告げた陽彩は、彼女からの返事に泣きそうになりながらも涙を堪えた。

 まだ、何も終わっていないどころか始まってすらいない。涙を流すのは今じゃないと自分自身に言い聞かせながら、陽彩は最後に感謝を伝えるべき人々へと自らの想いを告げる。


『そして……今日まで配信を観続けて、ボクたちのことを応援してくれたみんなへ。本当にありがとう。月並みなことしか言えないし、上手く言葉にできていないけれど、本当に感謝してる。ゲームの大会に参加するっていう初めての経験をみんなが応援してくれたから、今日までボクは頑張ることができました。大会が始まる前に、これだけは伝えておきたかった。ありがとうって、言いたかったんだ』


【ウオミー……(涙)】

【まだ大会は終わってないぞ! 感謝の言葉は、全部が終わってからでいい!】

【最後まで見守るから、俺たちに最高の輝きを見せてくれ……!!】


『……うん。約束するよ。ボクたちは今から、スタバトを全力で楽しんでくる。配信を観てくれてるみんなや、同じゲーマーや、一緒にプレイしてる人たち全員が笑顔になれるような、そんな試合をしてくるから……!!』


 感謝を、想いを、気持ちを、心の中のありったけを、不器用ながらもリスナーたちへと伝える陽彩の言葉が、一瞬だけ途切れた。

 そのタイミングを見計らったかのように、【ペガサスカップ】本配信にて、彼女たちを呼ぶ実況の声が轟く。


『……ただ1度、この1回だけでいい。強い覚悟と共に目を覚ました眠れる大魚は、仲間たちと共にこの大河を渡ることができるのか!? 我々に! リスナーに! 全てのゲーマーに! 夢と輝きを見せてくれ! Vtuber事務所【CRE8】代表! チーム【Milky Way】!!』


『さあ、行こう……! みんなを笑顔にするために!』


『うんっ!』


『うっす!!』


 名乗りは終えた、全ての準備は整った。

 出陣の時を迎えた零たちは、全ての迷いと重圧を振り払うと共に本配信の映像とリスナーたちとの繋がりであるコメント欄の表示を切る。


 ここから先は、自分たち3人だけの戦いが始まる。

 緊張も、不安も、確かに感じているが……それよりも強い期待の感情を抱いている零たちの表情は、その胸中を表しているかのように晴れやかであった。

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