苦しみを生み出す、ゲーム
「焦っていた、っていうのは……?」
やや漠然としているその言葉を零が繰り返して再び問いかけてみれば、七種は顔を伏せたまま当時の自身の心境を振り返りながら、それを語っていく。
「……あの時の私は、ランク上げに苦戦していたんです。言い訳になってしまうかもしれませんが、ゴースティングして私を集中的に狙ってくるプレイヤーたちと何度も戦いながら行う長時間配信が不振を招いていたんだと思います。悪循環は配信の外にまで続いて、どうしても一定のランク以上に進めない状態になってしまって……」
辛そうにそう語る七種の苦しみが、零にはわかる気がした。
人気配信者になればなるほど、多くの人たちに注目されるようになるほど、その中には愉快犯や荒らし目的の人間が含まれる可能性は高くなる。
普通に活動していても厄介なファンに絡まれることが多いVtuberは、特にそういった面倒な手合いに目を付けられることが多い存在だ。
自分のところに送られてくるクソマロだとか、セクハラ紛いのメッセージだとかを思い浮かべた零は、七種もまたゲームの中でそのようなファンたちからの嫌がらせじみた行いを受けていたのかもしれないと考える。
自分はそれをネタにすることができたが……彼女にとってはそれはひどく重大な問題で、精神の均衡を崩すに十分な苦しみだったのだろう。
その考えを肯定するように、七種は更にこう話を続けた。
「完全にスランプに陥って、メンタルもおかしくなっていて……それでもランク戦を回すことを止められなかった。私は、緑縞穂香は、上級スタバトプレイヤーとして認知されてしまっているから……スーパースターランクに到達するのは当たり前で、それ以下のランクでいることを周囲が許してくれないと、そう思っていたんです」
そう涙声で語る七種の苦しみは、やはり零にも理解できるものであった。
多くの人々からの注目を集めるVtuberは、往々にしてファンたちの手で作り上げられた偶像に沿って活動することを求められる。
清楚であってほしい、男の影なんて微塵も見せないでほしい、自分たちにとっての理想の存在であってほしい。
そういったファンたちからの願望は大きな原動力になるが、時として途轍もない重圧となって牙を剥くこともある。
七種……いや、緑縞穂香に向けられていたそれは、彼女が語った通りのプロ級の腕前を持つ女性FPSゲーマーという偶像だったのだろう。
何があろうとも、どんなことがあろうとも、実力で上位に上り詰めてみせるゲーマーとしての姿を、ファンたちは望んでいた。
数々のゲームでそういった期待に毎回のように応えなければならないというのは、相当なプレッシャーを感じる状況であるはずだ。
その重圧を常に感じながら、期待に応えるために努力し続ける日々は、七種にとって苦しいものであるはずに違いなかった。
「同じFPSゲーマーの夕張ルピアは順調にランクを上げている。いつもゲームをプレイしている仲間たちもどんどん先に進んでいる。私1人だけが取り残されるわけにはいかない。そんな風に考えれば考えるほどどんどんドツボに嵌っていって、スランプから抜け出せなくなってしまって……そんな時でした、件のプロゲーマーさんに声をかけてもらったのは」
そこからは本当に単純で、簡単な話だ。
不調に不調を重ねた結果、精神的に追い詰められてしまった七種の姿を見かねたプロゲーマーが、彼女にサブアカウントを用いてのデュオを申し出てきた。
ほんの少しだけ、スランプから脱するまでの手助けをするだけだから、何も問題はない。
もしもバレたとしても本来の実力は七種も自分もそう違わないのだから、これはブーストには当たらないだろうと……そんな風に語るプロゲーマーの提案を、精神的に弱っていた彼女は受け入れてしまった。
だが、本当は2人にもわかっていたのだろう。この行為が、許されざるものだということは。
例え本来の実力が近かろうとも、どんな言い訳を重ねようとも、サブアカウントを用いてランクが離れている他者を援護することはスマーフであり、ブースト。
元プロである男が、『e-sports』の促進を目標として掲げる事務所に所属する七種が、手を染めていいものではない。
現にその不正が露見し、周囲を巻き込む大炎上へと発展してしまった今、取り返しのつかないことをしたというのは七種自身も理解していることだろう。
それでも……彼女にも、スマーフを持ち掛けてきたプロゲーマーにも、悪意はなかった。
彼は本当にただ苦しんでいる七種を助けたかっただけで、彼女もまた藁にも縋る思いでその誘いに乗ってしまっただけなのだ。
「今更何を言っても言い訳にしかならないということはわかっています。でも、これだけは信じてください。私も彼も、悪意があって不正に手を染めたわけではないんです。自分たちの行動を正当化するつもりはありません。ただ、ただ……悪いのは心を強く持てなかった私であって、彼ではないんです。あの時私が、自分自身を押し潰すプレッシャーに負けてさえいなければ、こんなことには……!!」
「………」
……この話を聞いて、陽彩は何を思うのだろう?
ゲームによってもたらされた重圧と苦しみに追い詰められた七種の慟哭を、ゲームの楽しさを伝えたいという夢を持つ陽彩はどんな想いで聞いているのだろうか?
ただ無言で、悲しそうな表情を浮かべている彼女が傷ついていることは零にもわかった。
自分の人生を明るくしてくれた楽しいものであるはずのゲームがここまで人を追い詰めてしまう実例を目にした陽彩は、ここまでの炎上の流れも含めて思い悩み続けているに違いない。
ゲームとは楽しむための娯楽ではないのか? 何をどう間違えてしまったら、こんな風になってしまうのか?
自分の好きなものの負の面に直面し続けて苦しむ彼女が沈鬱な表情を浮かべて唇を噛み締める中、話を続けていた七種へと唐突に鋭い言葉のナイフが突き刺さった。
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