現状最大の、懸念点


「そんなものはただの言い訳よ。いいえ、言い訳にもならないわ。あんたのしたことが、どれだけの被害を招いたと思ってるの?」


「甜歌……!!」


 七種の同期であり、同じFPSゲーマーである甜歌の口から放たれたのは、そんな罵声にも近しい批判の言葉だった。

 文句を言いたくなる気持ちはわかるが、他事務所との話し合いの場ですべき行動ではないと……小さな声で彼女を制するいつきであったが、甜歌の勢いはそう簡単には止まってくれない。


「あんたの不用意な行動のせいで被害を受けたのは【ペガサスカップ】の参加者だけじゃない。全ての女性ゲーマーとVtuberのイメージが著しく傷つけられたのよ!? デビューした時に話したじゃない! 女だからゲームの腕は男より下だとか、男に媚びてランクを上げてもらってるんだろうだとか、そんな陰口を叩く連中を一緒に見返してやろうって! それなのにあんたはその陰口で言われてることと同じことをして……! 本当に何やってるのよ!?」


「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……!!」


「甜歌、いい加減にしないか! ……星野社長、蓮池さん、阿久津さん、お見苦しいところをお見せしてしまい、本当に申し訳ありません」


 ややヒステリックに七種を責める甜歌を、いつきは今度は大声を出して止めた。

 そこではっとした甜歌は申し訳なさそうに頭を下げ、代表としていつきもまた謝罪の言葉を口にしながら零たちへと頭を下げる。


「……こういった所属タレントのメンタルケアが十分でなかったことが今回の問題を引き起こしたといっても過言ではありません。騒動の元凶は、代表である私にあります」


「頭を上げてください。私もつい最近、自分の杜撰さを思い知らされました。後悔するお気持ちはわかりますが、今はそれよりもすべきことに着手しましょう」


「……はい」


 自分の経験を踏まえつつ、事務所の代表という同じ立場の存在として頭を下げるいつきに薫子が励ましの言葉をかける。

 悔やむ気持ちも、自分の甘さを責めたくなる気持ちも理解できるが、今はタレントやファンのためにすべきことをしようという彼女の言葉に、いつきは感情を押し殺した声で応えた。


「事件の背景と、緑縞さんの状況はわかりました。【VGA】さん側には、これ以上炎上の燃料となる要素はない。緑縞穂香さんに関しては、真摯に謝罪を行った後に一定期間の謹慎をペナルティとして申し付けた後、復帰する予定ということでよろしいでしょうか?」


「はい、そのつもりです。ですが今は彼女のことよりも、間近に迫った【ペガサスカップ】に関する問題に対処する方が優先でしょう」


 ここからマズい事実が発掘されて、【VGA】や緑縞穂香が更なるバッシングを浴びる可能性はない。

 無論、先に挙げたデマが拡散されて荒れる可能性はあるが、これ以上の後ろ暗い過去はないという七種の言葉を信じた薫子が話を先に進めれば、いつきもまた当面の課題である【ペガサスカップ】についての話を始める。


「昨日の発表の通り、我々は緑縞穂香率いる【VGA】Aチームの参加を辞退することにしましたが……夕張ルピア率いるBチームに関しては、本人たちの強い要望もあり、このまま参加する予定です。【CRE8】さんの方は……?」


「我々も当初の予定通りに【ペガサスカップ】には参加します。まずはどちらかが参加を辞退したことでファンが対立するという形は避けられるかと」


「そう、ですね……その点に関して、阿久津さんに感謝と謝罪をさせてください。あなたが昨日の配信で声を上げてくれたことで、少なくとも【CRE8】さんが受ける被害は格段に軽減されました。それは回り回って、我々【VGA】の被害の軽減にも繋がります。本来は私たちの方が気を遣うべき部分をあなたにさせてしまい、本当にすいませんでした」


「あ、いえ……正直俺も暴走気味な部分はありましたし、そうやって感謝されると少し気が引けるっていうか、なんて言うか……」


 他の事務所の代表が、いちタレントである自分に頭を下げている状況に恐縮した零が慌てていつきへと声をかける。

 ファンたちのことを信じていた部分があったとはいえ、なかなかに危険なことをした昨日の配信での行動を感謝されたり謝罪されたりすると、どうにも気が落ち着かないというのが彼の本音だ。


 わたわたと慌て、彼女に頭を上げてもらうべく必死に説得をする零であったが、そんな彼を放置した甜歌が口を開く。


「双方、参加を辞退せずに済んだというのは本当によかったと思います。ですがやはり、この状況だとへの参加は難しいですね」


「やっぱりそう、ですよね……こんな状態のボ……私たち、が他の参加者さんたちと関わるのはリスクが大きいですもんね……」


 ゲーマーであり、お互いの事務所を代表するチームのリーダーである陽彩と甜歌は、同じことを考えているようだ。

 その会話を耳にした零はいつきが顔を上げてくれたことを確認した後、抱いていた疑問を率直に質問として2人にぶつけてみせる。


「あの、お2人が言ってたって何ですか? 参加するって言ってましたけど、何かのイベントなんです?」


「あ、ええっと……スクリムっていうのは、大会前に行われる公開練習試合みたいなもの、かな? 各チームが本番と同じマップで、自分たちの動き方を確認する場だよ」


「ははぁ、そうなんすね。でも、たかが練習試合なら別に参加できなくても致命傷にはならないんじゃないですか? 最悪、チームで普通にカジュアルマッチに潜れば動きの確認はできますし……」


 スクリムが練習試合を指していることを知った零は、再び素直な感想を言葉として全員に問いかける。

 確かに自分たちの実力を確認し、更に他チームの仕上がりを直接目にできるイベントに参加できないのは厳しいものがあるかもしれないが、そんなに深刻に考える必要もないだろうと楽観的な意見を述べる彼に対して、気まずそうな表情を浮かべた陽彩が首を左右に振って否定の意見を口にした。


「ううん、そうじゃないんだよ。スタバトみたいなチームバトルロイヤル系のFPSゲームに関しては、このスクリムが非常に重要な意味を持ってるんだ」

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