仕方がないよ、諦めようよ
「そんな……そんなのダメだよ! 今日までいっぱい練習して、応援してもらってたじゃない! 出場辞退だなんて、そんなの――!!」
大会への参加を辞退しようという陽彩に対して、必死にその意見を撤回させようとする有栖。
だがしかし、俯いたままの彼女は小さく首を振ると、悲しそうな声でこう続ける。
「でも、このまま【ペガサスカップ】に参加したら、2人のところにも緑縞さんの炎上の余波がやってくるよ。というより……もう、来てるでしょ?」
「それは……っ」
陽彩が何を言わんとしているのかは、零にも理解できていた。
昨晩、緑縞穂香が炎上してからこの話し合いに至るまでに間に、自分のマシュマロボックスやSNSアカウントにはこの事件に関するコメントが大量に届けられている。
こういう事件があったが、【CRE8】ではその辺りの事情はどうなのか? この件について枢はどう思っているのか? 安全を考えて今回の大会への参加は見送った方がいいのではないか? といったファンたちからのコメントは、ざっと数えても100件は下らないだろう。
これは零が、蛇道枢が気軽に燃やしてもいい相手だと思われていたり、あるいは信頼があるが故に多少危ないコメントを送ったとしても容認してくれると考えられているからこそ数が多いということもある。
だがしかし、おそらくは陽彩と有栖の下にはそんな零よりも多くの、そして悪意が込められたコメントが寄せられていることを彼は知っていた。
今朝、不安になってSNSを巡回した際、捨て垢と思わしき複数のアカウントが2人へと心無いコメントを吐き捨てている様を彼は目にしている。
【どうせお前も男と繋がってランクを上げたんだろう?】だとか、【今は純粋な芽衣ちゃんもランクの闇に飲まれて枢を捨て、プロゲーマーの下に走るんだろうな】だとか、そんな酷い発言が、誰の目にも見える範囲で彼女たちへと投げかけられていた。
きっと、おそらく、絶対……匿名のマシュマロボックスには、それ以上に悪辣なコメントが大量に送り届けられている。
それを指摘する陽彩の言葉に有栖が何も言えなくなったことを見るに、零の想像は間違っていないのだろう。
「……今ならまだ間に合うよ。薫子さんには悪いけど、事務所側がNGを出したってことにしてボクと一緒に頭を下げてもらって、スタバトから暫く離れて、この3人で集まることも避けて……そうすれば、被害は最小限に抑えられる。そりゃあ、最初は荒れちゃうかもしれないけど、大会までずっと荒れ続けるよりかはマシなはずだよ。これ以上、ボクの我がままのせいで2人に傷ついてほしくなんてない、だから……」
「陽彩ちゃん……」
2人に語るように……いや、自分自身に言い聞かせるようにして、これからの行動を言葉とする陽彩。
その言葉を聞く有栖が悲痛な視線を向ける中、顔を上げた彼女は一目で無理をしているとわかる笑みを浮かべながら言った。
「別に、この大会じゃなきゃダメだって理由はないんだから、また次の機会に集まろうよ。スタバトに限らず、ゲームの大会なんていくらでもあるわけだしさ……そっちに参加するってことでいいじゃない。無理して今回の【ペガサスカップ】に出る理由なんてないもん。ね? でしょ?」
「………」
痛々しかった。見ているだけで苦しい気持ちになった。絶対に、苦しんでいるのだろうなと思った。
それを承知で、自分たちに対して【ペガサスカップ】の参加は諦めようと告げる陽彩に対して、何も言えなくなってしまった有栖が口を閉ざして視線を俯かせる。
説得も、励ましの言葉も、今の陽彩には届かない。
似ている性格をしているからこそ、それがわかってしまう有栖が今にも泣き出しそうな表情を浮かべて俯いた、その時だった。
「……本当にそれでいいんですか?」
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