シーン2・夏祭りを楽しむ2期生たち



(2期生ウィークも終わり、平和な夏休みを過ごしていた俺たちは、近くで納涼花火大会が行われることを知り、リア様と交わした『夏休みの間に沢山の思い出を作る』という約束を守るためにこうして会場に足を運んでいた。ちなみに、この浴衣はしゃぼん母さんが用意してくれたものだ。あの人、いったいいつからこんなものを準備してたんだろうか?)


『イエーイ! 2期生ファンのみんな、見てるっすか~!? 自分のお陰で坊やたちの浴衣姿を見れたんだから、思いっきり感謝してあだらばぁっ!?』


 枢のモノローグに合わせ、画面の端にワイプを使って登場したしゃぼんであったが、台詞の途中で額に何かが直撃したことでそのまま後方へひっくり返り、普段通りの雑な扱いのまま、出番を終えた。

 彼女を追い払った張本人であるたらばは、そんなことにも気が付かないまま射的用の銃へと弾を込めつつ苦笑を浮かべ、言う。


「う~ん、やっぱり射的は苦手さ~。上手く狙いが付けられないよ~」


 そう言いながら、台の上に身を乗り出すようにして的へと狙いを付けるたらば。

 台に乗ったたらばのたわわなたらばが発砲の際の振動でたゆんっと揺れる様を鼻の下を伸ばして見つめていた射的屋の主人であったが、その顔面にもしゃぼん同様に跳弾が叩き込まれ、即座に天罰を与えられる羽目になった。


 そんな彼女からほど離れた金魚すくいの屋台の前では、怒りで頭から湯気を立ち昇らせている愛鈴の姿がある。

 じゃばっ、と音を響かせながら水中に沈ませたポイを勢いよく引き上げる彼女であったが、金魚どころか水すら掬えないままに穴の空いたそれを覗き込む羽目になった。


 穴の空いたポイの向こう側に見える、怒り心頭といった様子の自身の表情を笑うかのように集まった金魚たちの姿を目にした愛鈴は、財布を取り出すとムキになって店主へと叫んだ。


「ムッキーッ! もう1回、もう1回よ!! 次こそは絶対に成功してみせるんだから!」


 代金を支払い、新しいポイを受け取って、水に浸けたそれを破いて……もうその行動を何度繰り返しただろう?

 最早、ここまでくるとサービスで1匹くらいなら金魚をあげてもいいと思っている店主であったが、愛鈴は金魚が欲しいのではなくて自身のプライドのために戦っているのだからそんな提案をしても意味はないと理解している彼は、黙って彼女の戦いを見守り続けることにしたようだ。


 続いて、両手いっぱいに焼きそばやらお好み焼きやらベビーカステラやらから揚げやらの食べ物を抱えたリアが、なんとも幸せそうな表情をしながらそれをパクつく姿が映し出される。


「美味す~っ! お祭りの屋台って、なすてこったらに美味すく感ずられるんだびょん……? 熱っ!!」


 食いしん坊な彼女らしく、あっという間に大量の料理を平らげていくリアであったが、ソースとかつお節がたっぷりかかったたこ焼きを頬張った瞬間、出来立てのその熱さに目を白黒させて慌て始めた。

 大急ぎでお茶のペットボトルを開け、それを使って熱々のたこ焼きを飲み込んだ後、半泣きの表情になった彼女が舌を出しながら言う。


「ふえぇ……舌、火傷すてまったがも……?」


 ちょっと意地汚いというか、お姫様然とした容姿の彼女が舌を出して半泣きになるというかわいらしい姿を映した後、またしても場面は転換。

 いちご練乳のかき氷を手にした芽衣がそれをパクつき、その直後に目を閉じてぶるりと体を震わせる姿が映し出された。


「ん~っ!? 頭、キーンってなったぁ……!」


「あはは、あるあるだね。ちなみにそれ、アイスクリーム症候群って名前がついてるんだけど、知ってた?」


「えっ!? そうなんだ! 何だかかわいい名前だけど、地味に嫌な症状だよね」


 そんな会話を芽衣と繰り広げながら、祭りの中を歩く枢。

 彼女は手にかき氷を持っているが、枢の方は祭りに遊びに来たというのにまだ何も買っていないようだ。


「枢くん、何も食べないの? 折角のお祭りなんだし、それっぽい物を買ったら?」


「あ~、うん。そのつもりなんだけどね。目当ての屋台が見つからなくってさ……」


 手ぶらの彼が気になった芽衣がそのことを指摘してきしてみれば、枢は周囲を見回しながらそんな答えを返した。

 何か食べたい物があるらしき彼はそのまま少し歩みを進め、周囲の屋台を観察し……ようやっと、目当ての品を売っている店を見つけ、そこへと駆け寄っていく。


「すいませ~ん! チョコバナナ1つくださ~い!」


「あいよ、チョコバナナね! ちょっと待っててくれよ! チョコの味はノーマルで大丈夫かい?」


「はい、それでお願いします」


 チョコバナナ、茶色の文字が描かれている黄色い暖簾の屋台を見つけた枢が店主とそんな会話を交わしながらお目当ての品を購入する。

 その後について来た芽衣は、チョコバナナが出来上がるまでの間の暇潰しとばかりにお喋り混じりの質問を投げかけた。


「枢くん、チョコバナナ好きなの?」


「まあね。ただまあ、好きだから買うっていうよりかは、他の食べ物って大体が別でも食べる機会があったり、自分で作ろうと思えば作れる物が多いでしょ? でも、チョコバナナって夏祭りの屋台でしか食べられないからさ」


「ああ、なるほど……」


 自分と違って引きこもりではなく、料理の腕も抜群な彼らしいその回答に納得する芽衣。

 彼女との短い会話を終えた枢が振り返れば、そのタイミングで注文した品物を仕上げた店主が、それをこちらへと差し出してきた。


「はい、200円ね。ちなみに、ウチはじゃんけんで勝つともう1本チョコバナナをプレゼントするサービスをやってるんだ。別に代金とかは貰ってないから、挑戦するだけしていきなよ」


「そうなんですか? なら、折角だしやるだけやっていきましょうかね」


「うんうん、頑張りなよ! 彼女さんの前で格好いい姿見せるチャンスなんだから!」


「か、かのっ!?」


「ぴえっ!?」


 何やら誤解している様子の店主の一言に調子を崩される枢と、その余波で被害をくらう芽衣。

 顔を赤らめ、その誤解を訂正しようとした枢であったが、小さく微笑む店主が片眼を閉じてウインクをすると、彼にだけ見える位置にある左手を揺らしてみせる。


 屋台の台の陰に隠れているその手がチョキの形になっていることを見て取った零は、店主が自分たちにわざわざサービスをしてくれているのだと気が付くと軽い会釈でその心意気に応えた。

 ややあって、八百長とでもいうべきじゃんけん勝負を制した枢の前で、店主は大袈裟に敗北を嘆きながら芽衣へといちご味のチョコバナナを差し出す。


「あっちゃ~、負けちゃったか~! 彼氏さん、じゃんけん強いね~! はい、彼女さんにサービスだよっ!」


「あ、ありがとうございます……!」


 彼氏、彼女という単語を連発された芽衣が恥ずかしそうにしながら店主の手からチョコバナナを受け取る。

 そのまま誤解を解くことなく屋台を離れた枢と芽衣の間には、何とも言えない甘酸っぱい雰囲気が漂っていた。


「………」


「………」


 お互いに、無言。何を話せばいいのかわからず、とりあえず枢は購入したチョコバナナにかぶりつきながら芽衣の様子を伺う。

 笑って誤魔化すなり何なりの反応をしてお茶を濁しておけばよかったなと後悔しつつちらりと横目で彼女のことを見やった枢は、そこでぴたりと動きを止めた。


「ん、む、はむ……っ」


 表面のチョコを溶かすように小さな舌を這わせ、先端までを舐め上げる。

 そのまま、ぼうっとした表情を浮かべたままに目の前にある物を頬張る寸前、芽衣の口からは熱を帯びた吐息が漏れ出した。


 自分と同様に思考を停止させているせいで、変な食べ方をしているのかもしれないが……年頃の少女がピンク色をした棒状の物を食す際の光景としては、些かいかがわしいが過ぎる。

 その光景に、横顔に、よろしくない想像をしてしまった枢の視線に気が付いたのか、はっとした芽衣は口の中に放り込んだ分のチョコバナナを飲み込むと、小首を傾げて彼へと声をかけた。


「く、枢くん? どうかしたの?」 


「えっ!? い、いやっ、なんでもないよ! そ、そろそろ花火が始まる時間だし、待ち合わせの場所に行こうか!」


「う、うん。そうだね……」


 一瞬、自分の中の不埒な妄想を繰り広げたことに対する罪悪感からか動揺し、裏声を出してしまった枢であったが、そこから何とか持ち直すと話を逸らしつつ自分も芽衣から視線を逸らしてみせる。

 彼の不自然な態度に違和感を覚えつつも、それ以上深くは考えることをしなかった芽衣は彼の言葉に頷くと、その後を追って駆け出すのであった。

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