頑張れ!ウオミー!
『あ、あのっ! ちょっと、いいかな……?』
『は、はい? 魚住先輩、どうかしましたか?』
――不意に、大声で話に割って入った陽彩が、終わりに向かう配信に待ったをかける。
突然の大声に驚いた有栖が彼女が何を言おうとしているのかおっかなびっくりしながら声をかければ、陽彩はもじもじと言葉を濁し始めてしまった。
『え、いや、あの、その……ほんと、下らないことというか、ちょっとしたことというか、いくつか提案みたいなものがあって……』
「……はい。なんですか? ゆっくりでいいから、俺たちに聞かせてください」
『う、うん……!』
保育士が上手く話すことができない子供の言葉へと耳を傾けるように、優しい口調で陽彩に話を促す零。
沢山の人たちに見守られているという状況に緊張しながらも深呼吸をして気持ちを落ち着けた彼女は、一生懸命に後輩とリスナーたちへと1つ目の提案を行っていった。
『あ、あの、チーム名……! 【ペガサスカップ】に出場する際、チーム名が必要なんだけど、普通にチーム【CRE8】とかじゃあ味気がないから、なにかいいチーム名があったら提案してほしいなって、思って、その……』
「はい、チーム名っすね。いいじゃないっすか! 俺たちのグループ名みたいなものになるんですし、いい感じのを募集しましょうよ!」
【おお! 俺たちがウオミーたちのチーム名を決めていいのか!?】
【センス爆発させるわ。最高におもしろ……ゲフンゲフン、カッコいいチーム名考えてみせる】
【う~む、悩む。だがこのチャンスを指を咥えて見てるだけってのは勿体ないから、俺は勝負に出るぜ!】
自分たちのチーム名を募集するという陽彩の案は、リスナーたちから好評を得ている。
コメント欄の様子を確認した零は、未だにもじもじしている陽彩に代わってこの配信を観てくれている視聴者たちへと言った。
「んじゃ、この配信が終わった後でチーム名募集用の#を作るから、いいのを思い付いた奴はそれで投稿してくれ。その中から、俺たちが話し合って自分たちのチーム名を決めるから……それでいいですかね、先輩?」
『あっ、うん! そ、そういうことだから、よ、よろしくお願いします!』
PCの前で深々と頭を下げている姿が想像できるような声で、陽彩がリスナーたちへとお願いをする。
とりあえず、これで彼女が配信が終わるまでに言いたかったことは終わり……ではなく、次が本番だということを零はわかっていた。
「……で? あとは何ですか? 先輩、いくつか提案したいことがある、って言ってましたもんね?」
『うぇっ!? あ、その、そ、それは、その……っ!!』
頭を下げたお辞儀の体勢から、びくんっと一気に飛び上がったかのような反応。
緊張だとか、怖れだとか、不安だとか、そんな感情をごっちゃ混ぜにしたネガティブな思いを抱く陽彩は画面の前でぱくぱくと口を開け閉めしながら喉から声が出せずにいたが、そんな彼女の耳に零からの優しい促しの言葉が響く。
「落ち着いて、大丈夫ですよ。あと、もう1歩、勇気を出すだけです」
『あ、う、うん……!!』
ゲーム大会に出たいと言った時から、少しずつ彼女は苦手だった人とのコミュニケーション能力を身につけ、自分たちと会話ができるようになってきた。
そんな彼女の着実な成長を見守ってきた零やリスナーたちは、彼女が勇気を出して前に進むことができると信じている。
茶化すことも、急かすこともなく、ただ頑張れと励ましてくれる零やリスナーたちの声援に気が付いてごくりと息を飲んだ陽彩は、数度深呼吸を行って自分自身の気持ちを落ち着かせると……全員ではなく、たった1人に向けてのお願いを口にし始めた。
『ひ、羊坂さん、あの、その……さ、さっきの試合とか、今のアドバイスの最中にさ、ぼ、ボク、失礼ながら羊坂さんの名前を何回も噛んじゃって、言い直してて……自分でもテンパると舌が回らないなって、自覚はあるんだよ、ね……』
『あ、は、はい。だ、大丈夫ですよ。私、気にしてませんから!』
突然、予想だにしない形で話を振られた有栖が陽彩同様に慌てながら彼女の言葉に反応を示す。
多少名前を噛まれるくらいでどうこう思ったりしないと、そう返事をした有栖であったが……陽彩の話は、ここからが本番であった。
『あ、ありがとう。で、でもね、その……FPSって、一瞬の判断とか指示の伝達が遅れたりすると、それで勝負が決まっちゃうことがあって、ボクが噛んだせいで2人を負かしちゃったりするのは申し訳ないなって思ってて、それで、その、羊坂って呼ぼうとするせいで噛む危険性が高くなってるのかなって考えて、噛んじゃう可能性を少しでも低くしたいっていうか、【ペガサスカップ】に向けてやれることはやっておきたいっていうか……あの、その……っ!!』
悪癖でもあるが、かわいらしさを感じさせる早口で、しどろもどろになりながら陽彩が有栖へと語る。
彼女が何を言わんとしているのか? それがまだ理解できていない有栖が緊張したままその話を聞き続ける中、随分と遠回りをした上で遂に覚悟を決めた陽彩が、最後の勇気を振り絞って叫ぶようにして言った。
『ひ、羊坂さんさえ嫌じゃなければ……芽衣ちゃんって、名前で呼んでもいいかな!? 本当に、構わなければの話、だけど……』
前半はヤケクソになったような大声で、後半は一気に自信を失った呟くような声で、有栖へと提案もとい、お願いをする陽彩。
一世一代の告白を終え、バクバクと脈打つ心臓の鼓動に息を荒げる彼女は半泣きの表情でじっとPC画面に映る羊坂芽衣の立ち絵を見つめていたのだが――
『……はい! 先輩さえよければ、下の名前で呼んでください!』
『あ、あぅ、あ、あ……っ!』
――そんな有栖からの返事を聞いて、安心感と喜びを込み上げさせた彼女は、一気に我慢の堤防を決壊させてしまった。
じわじわとせり上がる興奮と、未だに冷めやらぬ緊張とを入り混じらせながらも、陽彩は震える声で後輩の名前を呼ぶ。
『あ、あああ、あり、ありがとう、めめめめ……芽衣、ちゃん……っ!』
『ふふふ……! どういたしまして。じゃあ私も、しずく先輩って呼んでもいいですか?』
『あぅ、だ、大丈夫だけど、せ、せんぱい、いらない。おないどしだし、し、しずくで、いい……!!』
『えっと、じゃあ……改めてよろしくお願いします、しずくちゃん』
『ひん……っ!!』
何処かの部族のようなカタコトな言葉遣いで有栖へと名前呼びと敬称の排除を許した陽彩は、彼女からフレンドリーな接し方をされたことで感極まって謎の鳴き声を上げる。
似た者同士だから、仲良くなりたい……という、想いを胸に今日まで接してきた2人の願いが成就する様を目の当たりにした零が人知れずうんうんと何度も頷く中、コメント欄は優勝した時の勢いを超える盛り上がりを見せていた。
【うおめいだ! めいうおか!? どっちにしても、てぇてぇなぁ!】
【よかったね、ウオミー! 同い年の友達ができたよ!!】
【なんだろう、涙が出てきた……! 自分のことのように嬉しいよ……!】
【勇気を出したウオミーに拍手を、優しい芽衣ちゃんに感謝を、2人の間を取り持ってくれた枢には火炎瓶を】
【百合の間に挟まる奴は死刑だけど、百合の間を取り持ってくれた奴には褒美を取らせるって憲法で決まってるって婆ちゃんが言ってた】
「……よかったっすね、魚住先輩。芽衣ちゃんも、本当によかった」
『うぅぅ……あ、ありがどうね、蛇道ぐん……!! 芽衣ぢゃんも、ほんどうにあびばぼう……!!』
緊張の糸が切れたせいか、有栖から名前呼びを許可してもらえたことが本当に嬉しかったのか、陽彩は完全に涙を流して鼻声になっている。
そんな彼女の様子に小さく笑みを浮かべながら、目の前で1つの絆が結実したことを喜ぶ枢は、彼女たちに代わって配信の締めの挨拶を行い、枠を閉じた。
「はい、今日の配信はここまで! また3人で時間合わせられたら告知するから、絶対観に来てくれよな!」
【乙! いいもの見せてもらったぜ!】
【こりゃ、変なチーム名はつけられねえな……】
【配信の楽しみがまた増えたよ! お疲れ様でした~!】
最高、それ以外の言葉が見当たらない雰囲気の中、本日のスタバト練習配信は終わりを迎えた。
自分と、有栖と、陽彩の枠が完全に閉じたことを確認した零が安堵しながらため息をこぼす中、未だに感動が消え去っていない陽彩は何度も有栖へと感謝の言葉を投げかけ続ける。
『あり、ありがとうね、芽衣ちゃん……! ほんとに、本当に、ありがどう……!!』
『な、泣かないでください! 私も、しずくちゃんからそう言ってもらえて凄く嬉しかったです!』
泣く陽彩と、はわはわと慌てる有栖の会話を聞く零が、満足気な笑みを浮かべて頷く。
まだ少し、ぎこちなさのようなものは残っているが……もうそろそろ、自分のお節介も必要なくなるはずだ。
2人で大きな1歩を踏み出した有栖と陽彩のこれからに期待しながら深く椅子の背もたれに寄り掛かった零は、これがリスナーたちが言うてぇてぇという感情かと、自らも味わったその胸が苦しくなるような温かい感動を味わいつつ、仲良くなりたいという願いを結実させた陽彩と有栖の会話を暫くの間聞き続けるのであった。
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