順風満帆、だったはずが……


『いや~、最近の私たちって、何もかもが順調じゃない!?』


「どうしたんすか、急に? 妙に浮かれてますね」


 翌日、夜21時頃。零はアプリで同期たちと会話をしながら自身の作業を行っていた。

 その最中、唐突に浮かれたことを言い始めた天の言葉を笑った彼が若干冷ややかにそう問いかければ、彼女はその塩対応も気にせずにこう話を続けてみせる。


『だってそうでしょ~? 私と沙織は無事に案件配信が終わったし、あんたと有栖ちゃんは【ペガサスカップ】に向けていい感じに先輩と配信できてるじゃない! 注目度も悪くないし、リスナーたちからの反応も上々なんでしょ?』


「まあ、そっすね。今んところ、大半の連中は楽しんでくれてるみたいですよ」


『よかったじゃない! 2週間くらい前に指示厨のせいで炎上したけど、それ以来は火の手が上がる雰囲気もないし……平和ってのはいいことよね~!』


『何気に零くんが誰かと絡んで炎上しないって初めてのことだったりするんじゃないかな~? そういう意味でも、今がでーじすごく平和だっていう天ちゃんの意見には同意できるね~!』


「いや、むしろこれが普通なんですよ。どうしてだか俺を燃やすことに余念がない人たちが周囲に多過ぎるせいで燃えてるだけで、普通はこういう穏やか~な日々を俺も送れるはずなんですって」


 話に参加してきた沙織も含め、2人に対してそう告げた零は苦笑を浮かべながらSNSを巡回し、昨日に設定したチーム名募集の#を確認していく。

 いい感じの名前があったらそれをメモし、次の話し合いの時に提案しようと考えながらその単純作業を繰り返していた彼は、同期たちとの会話で気を紛らわせているようだ。


『まあ、でも、その蓮池先輩っていうのは本当にいい子みたいね。不器用っていうか、コミュ障気味みたいだけど、それでもあんたたちと仲良くできてるのはいいことだわ』


『有栖ちゃんとも仲良くなれたんでしょ~? 性格が似てるみたいな話は聞いてたけど、有栖ちゃん的にはどんな感じなのかな~?』


『……ふ、ふふ。ふふふふふ……!』


 自分たちが会ったことのない陽彩の印象を彼女と着実に距離を縮めている有栖へと尋ねる沙織であったが、その問いかけに対する答えは有栖の口から返ってこない。

 イヤホンから響く、小さく僅かに聞こえる楽し気な笑い声を耳にした零は、苦笑を浮かべると少し大きめの声で有栖へと声をかけた。


「有栖さん、喜屋武さんが蓮池先輩がどんな人か気になってるみたいだよ」


『ぴえっ!? あっ、ご、ごめんなさい! 話、ちゃんと聞いてなくって……』


 零から改めて声をかけられて初めて自分が質問されていたことに気が付いた有栖が大慌てで同期たちに謝罪する。

 何とも落ち着きがないというか、ふわふわと浮ついている彼女の反応を目の当たりにした一同が苦笑を浮かべる中、事情を知る零が有栖をからかうように口を開いた。


「蓮池先輩と名前で呼び合えるようになったのが本当に嬉しいんだよね? 昨日からず~っとご機嫌だもの」


『そ、そうだけど……そんなにわかりやすいかな、私……?』


「物凄くわかりやすいよ。なんかもう、通話越しでも嬉しいオーラが伝わってくる感じがしてる」


 冗談めいたことを言う零だが、これは半分以上本気の答えだ。

 彼の意見を聞いた沙織と天もうんうんと同意を示しており、彼女たちの反応からも如何に有栖が無邪気な幸せを振り撒いていたかが見て取れるだろう。


『ついに有栖ちゃんにも同年代のお友達ができたかぁ……! 嬉しいような、寂しいような、複雑な気分だよ~!』


『れ~い~! このままだと有栖ちゃん、先輩に取られちゃうかもよ~? 旦那として、焦ったりしないの?』


「喜びこそすれ、焦ったりジェラシー抱いたりなんかしないっすよ。俺としても、蓮池先輩と有栖さんが仲良くなってくれるのは嬉しいことですしね」


『あぅ……! なんだか私って、皆さんに幼稚園児か何かだと思われてませんか? そんな子供じゃないんですけど……』


 恥ずかしそうに、そして少し拗ねたように、同期たちの言葉に対してぼやく有栖。

 そんな彼女のかわいらしい反応に愉快気な笑みを浮かべた零たちは、作業の手を止めてお喋りへと熱中していった。


『また最初の発言に戻っちゃうけどさ、今の私たちって本当に順調よね。1か月くらい前には大炎上してたのが嘘みたい』


『同期全員でコラボもできて、先輩たちとも絡むようになって、新しいことにもチャレンジし始めて……ファンのみんなからも応援してもらってるし、順風満帆そのものだよ~!』


『地元に帰った三瓶さんもそろそろ学校の新学期が落ち着いた頃でしょうし……その辺の近況報告とかも聞いてみたいな』


「本当に平和だな~……! こんな日々が、いつまでも続けばいいのに……」


 配信の内容も安定しつつ、新しいことにも手を出せる余裕が生まれるようになった。

 応援してくれるファンも増え、経済的にも精神的にもゆとりを持つようになった自分たちの活動は、本当に平穏そのものだと零は思う。


 今回は妙なトラブルに巻き込まれたり、持ち込まれたりもしていないし……このままのんびりとスタバトを楽しみつつ、【ペガサスカップ】本番に備えていきたいものだ。


 そう思う彼であったが、悲しいかな、このタイミングで所謂フラグというものが建築されてしまった。

 騒動、厄介事、炎上、そういったトラブルと切っても切れない縁で結ばれてしまっている彼の願いは、この直後にものの見事に裏切られることとなる。

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