成長している、彼女
今の会話は口数こそ陽彩がダントツで多かったものの、彼女をそうさせたのは有栖の巧みな誘導があってのことだ。
お互いに挨拶を終えた直後の、一瞬の間。陽彩が次にどうすべきかがわからず、焦り、悩み始める直前に有栖が質問を投げかけることで、陽彩がそれに答えるという形でスムーズに会話が繋がっていった。
零の想定では、その間を解消するための話題を提供するのは彼の役割であるはずだったのだが……彼がそうする前に、有栖がその役目をやってみせたのである。
お陰で自分が必要以上にでしゃばることなく、彼女と陽彩との間でしっかりとした受け答えができる形が構成され、今もその形のまま会話が続いていた。
『え、えっと、他に質問とかあるかな? ゲームの内容とかは、実際にスタバトをプレイしながらの方が説明しやすいと思うけど、他に気になってる部分があったらできる限り答えさせてもらうよ』
『ありがとうございます。じゃあ、その――』
流れとしては先程と同じ。有栖が抱いている疑問を質問として陽彩に投げかけ、それを彼女が答えるという形。
その形が、現状においてはベストな働きを見せてくれている。2人とも他者とのコミュニケーションが得意ではない人間とは思えない程のスムーズな会話に繋げてくれている。
陽彩からしてみれば、難題である話題の選択という部分を有栖が行ってくれるのだから助かっている以外の感想はない。
その上で、彼女からの質問を熟練のスタバトプレイヤー兼事務所の先輩として回答し、その疑問と不安を解消する手助けを行えているという現状は、陽彩に確かな自信を植え付けているはず。
何より、陽彩が苦手としているのは他人とのコミュニケーションの最初の一歩をどうするか? という部分であり、ある程度の心の距離を近付けることさえできれば、あとはそれなりにスムーズな会話ができる。
難関部分である自己紹介後の動きに関しての問題を自分で解決しつつ、陽彩が前のめりになって会話ができるような状況を作り出したのは、間違いなく有栖のファインプレーだ。
そして、他ならぬ零自身も彼女のこの行動のお陰で助かっていた。
『他に質問は……特にはありません。丁寧に答えてくださって、ありがとうございます』
『そ、そっか、よかった……! じゃあ次は、え、えっと、ええっと……』
「ざっくりとでいいんで、【ペガサスカップ】までの日程について解説してもらっても大丈夫ですか? ゲームのことはゲームをやりながら考えるとして、チームとしてこの1か月間でどういった活動をするのかを教えてもらえると助かります」
『そ、そうだね! 2人も配信の予定とかを考えたいだろうし、まずはそこから説明していくよ! えっと、じゃあ優先してやるべきことは――』
有栖からの質問への回答を終え、次にどうすべきか迷い始めた陽彩を今度は零がフォローする。
彼から次にすべきことを明示してもらった陽彩は声を弾ませながら【ペガサスカップ】本番までの日程や予定、すべきことなどの説明をし始めた。
チームメンバーとしての合同練習や、それ以外でのソロでの練習。SNSにおいての告知や運営から依頼された場合はインタビューで意気込みやこれまでのゲーム遍歴等を回答し、それを提出する……などの実際にゲームをプレイする以外にもやるべきことが多々あることを陽彩から解説されながら、それについて質問したり、より深くまで話を掘り下げることで、円滑にコミュニケーションを取り続ける3人。
陽彩が話し、時折零が彼女をフォローして、有栖がそれを聞く。
そういった形での会議をスムーズに行えているのは、零が陽彩の補佐に集中できているという部分が大きかった。
決して彼女たちを甘く見ているわけではないが、零抜きで話し合いをした場合、どこかで会話が躓くということがあるはずだ。
特に陽彩は先程からその兆候が顕著に見受けられているし、零はそういった場面で確実に彼女のフォローに回っている。
当初の零の予定では、これを陽彩だけでなく有栖の分も含めて行うと思っていたのだが、有栖がしっかりとした態度を見せ、どちらかというと聞く専に回りつつ最適な反応で陽彩の反応を引き出すという動きを見せてくれているお陰で、彼女をフォローするという行為の分の負担が減った。
そのお陰で零は陽彩のフォローに集中でき、零のフォローのお陰で陽彩はスムーズな会話ができている。
この状況を作り出したのは自身の立ち位置を把握しつつ、陽彩へと最初の一言を促す質問を投げかけた有栖の動きだ。
彼女のファインプレーのお陰で負担が減り、その甲斐もあってそこまででしゃばらずに話し合いの流れをコントロールできている零は、有栖の成長を強く実感すると共に、彼女へと心の中で賞賛と感謝の言葉を送りながら陽彩の話を聞き続けた。
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