コーチからの、お願い
『あ、そうだ……その、この前の蛇道くんの配信で荒れる原因になった、武器の変更だけど……あれについて、コーチングを引き受けた人間としての意見を述べさせてもらうね』
「ういっ……!?」
唐突に、突然に……そんな、危険極まりないデリケートな領域に足を踏み入れる陽彩の言葉に絶句する零。
まだ完全に炎上の余波が消え去ったわけでもないというのに、それを掘り返すような発言は流石にマズいのではないか……という思いを胸にしながらもそれを言葉にできないでいる彼の前で陽彩は自分の考えをリスナーたちへと告げていく。
『あの、えっと……結論を先に言っちゃうと、どっちも正しいけどどっちも間違ってる……と、ボクは思ってる。弾切れ寸前の武器を捨てて、新しい武器を拾うって選択は間違いじゃあないと思うし、ボクならそうすると思う。でも、それと同時に初心者である蛇道くんが実弾のアサルトライフルからレーザーのマシンガンっていう、リコイルも射程距離も全く違う武器に変更してもそれを扱いこなせないかもって意見も正しいと思ってる。だから、その……ゲームの中のアドバイスとしては、どっちを選んでも正解だった。あの場面に限っては、両方とも正しい意見だったとボクは思う。でも、大事なのはそこじゃあないんだよ』
やや言葉の勢いは弱いが、早口にならないよう、リスナーたちが聞き取りやすいように、陽彩は一生懸命に話を続けていく。
先日の指示厨たちの意見に理解を示しつつも、その上で……といった形で何よりも重要な部分へと言及する彼女は、弱気ながらも感情を込めた声でこう述べた。
『蛇道くんに勝ってほしかったってみんなの気持ちはわかる。でも、だからといって自分の意見に従え、ってアドバイスを押し付けるのはよくないよ。アドバイスをしてた人には悪気はなくて、純粋に蛇道くんに優勝する気持ちよさを知ってほしかったって気持ちでそういうことをしていたんだと思う。でも、そういった気持ちが高じ過ぎた結果、蛇道くんはスタバトを楽しんでプレイできなくなってた。配信で喧嘩してた人たちは、正しいアドバイスをしてたけど間違った観戦の仕方をしてたと、ボクは思うよ』
できる限り言葉を選びながら、先日の炎上に対しての自分の意見を述べる陽彩。
本当に大事なのはゲームの中で正しい行動を選ぶことではなく、遊んでいる人が楽しくゲームをプレイすることだと……そう、リスナーたちへと告げた彼女は、丁寧に頭を下げながら彼らへと言った。
『だから、お願いします。ボクは陰キャで、コミュ障で、ゲームの腕以外に大した取り柄はないけれど、それでも蛇道くんにスタバトを楽しんでもらえるよう、一生懸命コーチングするつもりです。みんなにもそれに協力してほしい。喧嘩しないで、優しく見守って、蛇道くんが本当に困った時にだけアドバイスをして……プレイする側も、それを観る側も、楽しめるような配信にできるよう、力を貸してください』
【了解、把握。指示厨も初心者にアドバイスしたい欲を抑えてくれよな】
【アドバイスする人間が出たとしても、過敏に反応し過ぎないように。指示厨が出た! ってコメントも配信を荒らす原因になり得るから】
【基本はウオミーのコーチング内容に従った上で、枢が困った時にだけ手を貸そう。スタバトプレイヤーからすれば、あれだけ荒れたのにまたこのゲームやってくれてるだけで感謝しかないから】
陽彩のお願いに対して、リスナーたちも理解を示した上でそれに従おうと互いに注意を呼び掛け合っている。
本当にデリケートで、少しでもやり方を間違えればまた炎上しかねない話であったが……陽彩が真心を込め、他人を傷つけないように一生懸命に言葉を選んで話をしたことが功を奏したようだ。
『あっ、あっ、あっ、あの、ご、ごめんね? ぼぼぼ、ボク、余計なこと言ったかも、しれない……こ、これで燃えたら、全部ボクのせいにしていいから! っていうか、陰キャが空気の読めないことして本当にごめんなさい! いっぺん、死んできます……』
「いえ、助かりました。色々と、俺が言うと角が立ったりすることを先輩に言ってもらえて、ありがたかったです。……何気に、こういう風に誰かにフォローしてもらうのってあんまり経験ないですから、本当にありがたいと思ってます」
誰かの炎上をフォローすることには慣れているが、逆にフォローされる経験はほぼ皆無に等しかった零は陽彩が自分を庇いつつリスナーたちへと注意喚起してくれたことを心の底から感謝していた。
最初はなんて危ない話題に踏み込んでいくんだと驚いたものだが、こうして後輩の盾になりつつ今後のコーチングについての注意を促してくれた陽彩へとその気持ちを伝えれば、彼女はやや恥ずかしそうにしながらもこう応える。
『だ、だってボク、Vtuberとしてもスタバトプレイヤーとしても先輩だし……後輩のフォローをするのは当然、だよ……』
「……ありがとうございます、魚住先輩。改めて、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
口下手なれど、人見知りなれど、それでも一生懸命に先輩としての役目を果たそうとしてくれている陽彩へとPCの前で頭を下げた零は、リスナーたちへの話を終えた彼女からの指導を再度受け始めるのであった。
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