コーチングを、受けてみよう
「あ、あ、あ~……俺の声聞こえてる? ゲーム音声も問題なさそうかな?」
【大丈夫よ~! ちょうどいい感じ~!】
【聞こえてる聞こえてる!】
「うい~、協力してくれてサンキューな。んじゃ、今日も配信やっていくか」
面談の翌日、夜10時。普段よりやや遅めの時間に始まった蛇道枢のゲーム実況配信には、昨日よりも多くのリスナーたちが押し寄せている。
先日の騒動のせいで手を出しにくくなっているのではないかと不安になっていたスタバトを再び枢がプレイしてくれるという朗報と、さらにもう1つのいいニュースを聞きつけた彼らは、今日は安心してこの配信を観に来ているようだ。
「今日の配信は、またスタバトをやっていくぞ。ただ、まずは色々と勉強するところから入ろうと思ったから、そのためのコーチをお呼びしました。本日の配信で俺をコーチングしてくれる、1期生の魚住しずく先輩です!」
『ど、どどど、どうも、はじめまして……【CRE8】1期生タレントの、う、魚住しずく、です……! 今日は、よろしくお願い申し奉ります……!!』
【わーっ! 本当にウオミーが来てくれた!!】
【スタバトならしずくに聞くのが1番だからな。くるるんも色々と教えてもらえよ!】
【何気に配信で1期生と絡むのはしゃぼん以来か。どうしてだかわからないが、枢と絡む先輩はレアキャラが多いな】
通話アプリを使って配信に声を乗せているしずくこと陽彩の挨拶に、わっとリスナーたちが湧き立つ。
あまり他人とコラボすることのない彼女が後輩のためにゲームのコーチをするという告知を見て配信に駆け付けたリスナーたちの興奮を目の当たりにした陽彩は、感じている緊張を更に高めてしまっているようだった。
『きょ、今日は、ボクなんかのアドバイスで良ければとおも、おもも、思いまして、へ、蛇道く、さん、あれ? くん? さん? ぼ、ボク、どっちで呼んでたっけ?』
「大丈夫っすから、魚住先輩。ゆっくり深呼吸して、落ち着いてから話してください」
『あ、う、うん、あ、ありがとう。ご、ごめんね? こんな先輩で……』
「俺みたいな後輩を気遣ってコーチングを引き受けてくれた先輩のことを、こんな人だなんて思ったりしませんよ。本気で感謝してます」
【う~ん、やっぱり枢は他人のフォローが上手いな!】
【後輩力と兄力が高過ぎるからいい塩梅に先輩を立てつつ配信をリードできて偉い】
【単純に弱気な子の相手に慣れてるんだろう。芽衣ちゃんとウオミーって性格似てるじゃん】
【↑あんまりこの場にいないVtuberさんの名前を出すなよ!】
「はいはい。というわけでさっきも言った通り、今日はスタバトの最高ランクであるスーパースターランクに達している魚住先輩からこのゲームの基礎を色々と学んでいこうと思うから、お前らも一緒に勉強していこうな。特にこれからスタバトを始めようとしている奴は必見だぞ!」
緊張しいの陽彩を落ち着かせつつ、その間の時間に配信で何をやるかをリスナーたちへと解説する零。
場を回しつつ、周囲を気遣いつつ、その上で自分のすべきことをこなす彼の技術を賞賛するリスナーたちは、その指示に従って黙って魚住しずくからコーチングを受ける蛇道枢の配信を見守っていく。
『ひっひっふ~、ひっひっふ~……よ、よし、落ち着いたよ。ま、待たせてごめんね、蛇道くん』
「大丈夫です。それで、俺はまず最初に何をすればいいですか?」
『最初はトレーニングモードを選択してもらえるかな? ボクが訓練場のパスコード教えるから、そこに入ってほしいんだ』
「了解です。えっと、これかな……?」
裏で使用している通話アプリのチャット欄に貼り付けられたコードを入力し、トレーニングモードの訓練場に入る零。
そこで待ち受けていた陽彩のアバターを発見した彼は、先んじて入室していた彼女の左右に複数種の武器が置かれていることに気が付く。
『ま、まずは武器について解説させてもらう、ね。おとといの配信では、武器のセレクトに関して悩んでたみたいだったから、そこから説明するよ』
「あ、あざっす! 正直助かります!」
先日の配信が荒れる原因となった、武器に関する解説からコーチングを開始する陽彩。
左右に置き分けた武器たちを零へと見せつけた彼女は、それらを1つずつ指し示しながらざっくりとした解説を行っていく。
『えっとね、蛇道くんから見て右側にある武器が初心者におすすめの武器。左側にあるのは、あんまりおすすめできない武器だよ。あくまでボクの主観による認定、だけどね』
「ほうほう、なるほど。ちなみに、初心者におすすめできない武器たちの理由って何なんですかね?」
『えっと、撃ち合いで使いにくいとか、癖が強かったりする武器……かな? もっと簡単に言っちゃえば、フルオートで射撃ができない単発武器。スナイパーライフルとかマグナムみたいな、1発の威力が高いけど外した時の隙が大きい武器は、ボクは初心者におすすめしないな』
「逆にいえば、こっちの武器はフルオートで連射できるってことなんすね。おっ! この武器、俺が最初の試合で使ってた武器じゃん!」
簡単で理解しやすい陽彩の解説に頷いた零が、見覚えのある銃を見つけて嬉しそうに笑う。
それを拾った後、やや離れた位置にある移動する的に狙いを定めた彼は、マウスをクリックして愛銃から弾丸を乱射してみせた。
「うん、やっぱこれが1番使いやすいですね。見つけたら積極的に使っていこう」
『その武器、通称コブラっていうんだけど、全ての能力が平均以上で纏まってて凄く使い勝手がいいと思うから、ボクもおすすめだよ。だけど、それを抜きにしても蛇道くんのエイムは凄いね。さっきも移動する的に、いっぱいヘッドショット当ててたし……』
「いや、でもあれは規則的に動く的ですし、誰だってできると思いますよ? 他の武器でも試してみてもいいですか?」
『あ、うん。初心者におすすめする武器は一通り使ってみてよ。もしかしたら、コブラよりしっくりくる武器が見つかるかもしれないしさ』
「ありがとうございます。じゃあ、まずはこの辺から――」
FPSゲームの根幹を占める武器の特徴について学ぶ零は、その最中で少しずつ陽彩と円滑にコミュニケーションができるようになっていた。
性格には、自身の知識が活かせるゲームの話題になったことで陽彩が緊張を忘れて会話ができるようになったという方が正しいのだろうが、配信開始から数分の間に見せていた陽彩の緊張でガチガチだった姿が消え失せたことに、零は安堵している。
昨日今日と会話をした感じ、陽彩は梨子のように会話中にテンションが乱高下するタイプではなく、単純に最初の1歩を踏み出すことが難しいタイプのコミュ障のようだと零は感じていた。
だから、その1歩さえ踏み出してしまえば、かつての有栖のように普通に会話できるようになるのではないか……という彼の予想は、見事に的中していたようだ。
【ウオミーも枢との会話に慣れてきたな。どもったり、噛んだりすることが少なくなってる】
【上手い人に教えられたら枢もきっとすぐに上達するだろうし、これからが楽しみだ!】
【いつかは魚蛇師弟でデュオやってほしいな……】
コメント欄を確認しても、先日の放送と打って変わった穏やかなコメントしか流れていない。
実に平和で、模範的な配信の空気だ……と、炎上とは無縁な雰囲気に感激していた零であったが、不意に口を開いた陽彩の言葉によって、その感激が一瞬にして押し流されてしまった。
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