残念ながら、こうなったようです


「怖いよ~、怖いよ~! チェーンソー怖いよ~……!!」


(……終わった。俺、終了したわ)


 ――十数分後、目を覚ました沙織が発した第一声を耳にした零は、自らの運命を悟ると共にその場にがっくりと跪く。

 ここまで羞恥を押し殺してスイのトイレに付き合い、3匹の子ぶたのように怯える同期たちを宥め、懸命に場を繋ぎ続けた彼の心は、遂に折れるに至った。


「もうだめだ、おしまいだぁ……! 俺はここで死ぬんだぁ……!!」


 自分に代わって3人の面倒を見てくれるはずの沙織が、自分に面倒を見られる側へと加わってしまった。

 人数が増え、負担が増え、心労が増え……この場から逃げ出す手段が潰えたことに、零が嘆きの声を上げる。


 そんな彼の背後では、目を覚ました沙織を加えた女子4人組が肩を寄せ合いながらこんなことを話し合っていた。


「きゃ、喜屋武さん、大丈夫ですか? 気をしっかり持ってください」


「チェーンソー、チェーンソーの音が耳に……大きなものがあっちこっちに飛び散ってる……あれはなんだろう? 木くずかな? いや、違うさ~……木くずはもっとばーって飛び散るはずさ~……あは、あは、あはははは……」


「飛び散ってらのは血どが腕どが内臓どがだど思います。っていうが、そうですた」


「ちょっとぉ! 忘れかけてたのに思い出させないでよ!! ああ、人がゾンビに食べられるグロシーンが頭の中に……!!」


「ぴえっ! ぐ、具体的に言わないでくださぁい!! 血が、いっぱい……」


「おじいの指が吹っ飛んださ~! チェーンソーの唸りが聞こえるよ~! あう~、うあ~……!!」


 ……なんだかもう、この4人は見た目がいいだけでゾンビとほぼ変わらない感じになっているなと、会話を聞きながら零が思う。

 精神崩壊気味の沙織に引っ張られ、恐怖をぶり返らせた有栖たちがガタガタと震えながら1か所に集まる中、零は最後に一縷の望みを持って彼女たちへとこう問いかける。


「あの……喜屋武さんも目を覚ましたことだし、もう俺帰っていいですかね?」


「「「「ダメ! 絶対にダメ!!」」」」


「……だよなぁ。こうなるよなぁ……」


 帰宅をほのめかした瞬間、一斉にこちらを振り向いて同じ言葉を口にした女性陣たちの反応にため息をつきながら零がぼやく。

 まるで映画のワンシーンにあった、血肉に飢えたゾンビたちが物音を聞きつけた時のような光景だったなとその反応を振り返る彼に向け、有栖たちが口々に言う。


「この状態の私たちを置いて帰るとか、あんた血が通ってないんじゃないの!? 本当に人間!?」


「わーがおすっこ漏らすたっきゃしたら、阿久津さんのせいだはんでね!!」


「怖いよ~、心細いよ~……! その上で零くんに見捨てられたら、私たちはおしまいさ~……!」


「れ、零くん、あとちょっと、もうちょっとだけ一緒にいようよ、ね?」


 罵倒から懇願までバランスよく取り揃えた内容の女性陣の反応に額を押さえ、首を左右に振る零。

 うんざりとした気持ちと半ばヤケになりつつある感情を吐き出すようにして深いため息をついた彼は、時計を指差しながら大声で彼女たちへとこう述べる。


「あのですねえ……今、何時だと思ってるんすか? 日付はとっくに変わって、午前2時前っすよ? この調子であと少し、もう少し……なんてやってたら、日が昇る時間になっちゃいますって!」


「むすろ、それだどありがだぇ! みんなで一緒にお泊りすれば楽すいす、おっかなぐね!!」


「そこっ! 考えなしに不用心なこと言わない!! いいですか? 嫁入り前の女の子が、そう簡単に男と同じ屋根の下で夜を過ごすだなんて真似はするもんじゃあない!! 万が一のことがあったらどうするんですか!?」


「えっ!? 手、出すの? あんたが、私たちに?」


「出さないけど! そんなつもり一切ないけど!! 諸々の事情とか常識とかを踏まえて考えれば、俺は帰るべきでしょうが!」


 お説教に対して鋭いカウンターを叩き込んできた天へと、零が顔を赤くしながら更に説教を重ねる。

 無論、自分にはこの機に乗じて彼女たちに対して手を出すだなんてつもりはこれっぽっちもないが、そうだとしても必要もないのに同じ部屋で夜を明かすだなんて真似はしない方がいいというのは一般常識から考えて当然の判断であるはずだ。


 だがしかし、目の前にいる4人にはそんな常識だとか零の考えだとかは関係がないようで……。


「大丈夫! むしろ零くんが一緒じゃない方がトラブルが起きる気しかしないから、今日は私の家で夜を過ごそう!!」


「要は寝なきゃいいんでしょ! なら、オールでパジャマパーティーじゃーっ! それなら文句ないでしょう!?」


「何をみょうちくりんなこと言ってんだ、このボケ大人たちは!? いいわけないでしょ!? 俺があなたたちと同じ部屋の中で夜を明かすのが最大の問題だって言ってるんですよ!!」


「だ、大丈夫だ! 阿久津さんと入江さんがさっきのスパイ映画であったアレみだいなごど始めでも、わー、見で見ぬふりするんで!」


「何も大丈夫じゃないし、さらっと被害を拡大させないでもらえます!? そんなことしないって言ってんだ! それ以前に家に帰らせてくれってこっちが頼んでるんだよ!! どうしても怖いっていうなら、もう1本コメディ映画でも観て、気持ちを切り替えればいいじゃないですか!!」


「じゃあ、その映画が終わるまでは一緒にいてくれる……っていうのは、どう?」


「それだと朝が来るでしょうが! 今から映画観始めたら、完全に朝日が昇る時間になりますから! 全員そろそろ立ち直ってくださいよ!」


 クソマロ捌きで鍛えたツッコミ力を活かし、自分の帰宅を阻もうとする女性陣の言葉を次々と切って捨てる零。

 このまま一晩をここで過ごすだなんて冗談じゃないと、脳裏に浮かぶ炎上の文字をなんとか回避(既に手遅れな気もするが)しようと抵抗する彼であったが、そんな零の態度を目の当たりにした女性陣は最後の手段に打って出た。


「わかった、わかったわよ……! そこまで言うなら私たちを見捨てて出ていけばいいじゃない! ただし、あんたの悪行は尾ひれをつけて思いっきり拡散させてもらうからね!!」


「なっ!? て、てめぇ……っ!!」


 卑怯だぞ、と零が叫ぶ前に、天が更に彼を脅迫するように言葉を重ねていった。


「蛇道枢、女の子たちのパジャマパーティーに参加した挙句、泣きじゃくる同期を放置して帰宅!! 絶好の燃料になりそうなニュースを配信でばら撒いてやるわ!! それでもいいの!?」


「わーのおしっこについで来だごども話すてまりますはんでね! 喜屋武さんのおっぱいに顔を埋めてたこともだよ!!」


「ぐぐぐ……っ! こいつら、恩を仇で返しよってからに……!!」


 なんとしてでも零を返したくない天とスイによる、反則的な手段を用いた脅迫を受けた零が呻く。

 そんな彼に対して、飴と鞭の懐柔よろしく、優しく声をかける担当の2人がこう言葉を投げかけてきた。


「零くん、ここまできたらもう帰っても帰らなくてもあんまり差はないよ。日が昇って明るくなるまでの数時間、私たちを助けると思って一緒にいてほしいさ~」


「絶対に迷惑はかけないから。お願い、零くん……!!」


「ぐ、ぬうぅ……」


 わかり切っていることなのだが、零は本当に誰かから頼られることに弱い。

 こんな風に自分を頼りにされてしまうと、どうしたってその頼みを断り切ることができない性格をしていた。


 それにまあ、彼もここまできたら無事に夜を明かすことだとか、家に帰って熟睡するだとか、そういうことが不可能であるということくらいは理解できている。

 沙織の言う通り、最初にパジャマパーティーへの参加を断り切れず、彼女の家に上がってしまった時点で、そこで何をしようが与える印象は大差ないのだと……そう考えた零は、諦めたような表情を浮かべた後でがっくりと肩を落とし、同期たちへと言った。


「……お願いだから妙な真似とか、変なことはしないでくださいね? これ以上はマジで俺の胃がもたないんで、何の事件も起こさないようにしてください……本気でお願いします」


「お、おぅ……なんだお前、ここは「女の子たち4人と同じ屋根の下で夜を過ごせるぜ~! きゃっほ~い!」くらいの反応を見せるべきところじゃないの? なんでそんなに憔悴してるのよ?」


「あなたが俺の立場だとして、そんなに素直にこの状況を喜べると思います?」


「……多分、無理」


 でしょう? という同意を求めるような眼差しを天に向けつつ、溜息を一つ。

 零の残留を安堵し、そのことを喜ぶ女性陣とは対照的に落ち込んだ姿を見せる零は、時計を見つめた後でここから日が昇るまでの数時間という今度こそ最後の戦いに臨んでいくのであった。

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