彼女たちの、パジャマ姿



「阿久津で~す。買い出しから戻りました~」


『あっ! 阿久津さん!! おかえりなさい! 今、扉開けますね!!』


 それから更に十数分後、一旦自室に戻ってシャワーを浴びた零は、ギリギリパジャマと呼べる服装に着替えてから沙織の部屋を訪れていた。


 願わくばここでスイが既におやすみなさいしていることを期待する彼であったが、インターホンから聞こえてくる彼女のとても元気な声を耳にして、やはり神は自分の願いを聞き入れてくれなかったかとわかり切っていた結果にがっくりと項垂れる。

 そんな零の耳にとたとたと廊下を歩く足音が聞こえたかと思えば、鍵が開く音と共に目の前の扉がゆっくりと開き、その先からパジャマ姿の有栖が姿を現した。


「お帰りなさい、零くん。頼んだ物買ってきてくれて、ありがとう」


 なんだか仕事から帰ってきた夫を迎える妻のような台詞を口にしながら顔を覗かせて自分を見上げる有栖の姿に、零が言い様のない胸の昂りを覚える。

 ちょっと今の自分は冷静じゃないぞと、少なからず浮ついている自分自身を叱責しながら平静を装った零は、買ってきたお菓子が入ったビニール袋を持ち上げながら有栖へと笑みを浮かべ、言った。


「いやいや、こんな時間に女の子に外を歩かせるわけにはいかないでしょ。遅くなってごめんね。一旦戻って、シャワー浴びてきたからさ」


「う、ううん。大丈夫だよ。ゆっくりしてもらったお陰で、私たちもお風呂に入れたし……」


 ピリッと、その言葉を発した有栖と聞いた零の間に妙な緊張感が走った。

 彼女の言葉から女性陣が全員風呂に入ったということを理解した零が心拍数を早める中、慌てた雰囲気の有栖がはわはわとした口調で彼へと言う。


「い、いつまでも玄関で立ち話させてちゃ悪いよね! は、入って、零くん」


「そ、そうだね……んじゃあ、お邪魔しま~す……」


「いらっしゃい……って、私の家じゃあないんだけどさ……」


 有栖に促されるまま、沙織の部屋にお邪魔する零。

 背後のドアの鍵も閉め、しっかりと戸締りを確認した彼は、そこで振り返ると改めて玄関に立つ有栖の姿を目にした。


(うおぉ……! 思っていた以上に、露出が……!!)


 ほんのりと頬を赤らめながら部屋に上がる自分を迎えてくれている有栖は、思っていた以上に大胆な服装をしている。

 大きく肩を出し、腕を上げれば脇も見えてしまいそうな白のキャミソールと、同じく白色の丈の短いフリル付きショートパンツといった組み合わせのパジャマを着た今の彼女の姿は、零の知る限り最大級の露出量を誇っていた。


 一応、上から長袖のパーカーを羽織ってはいるが、それでも緩いその服は有栖の肌を完全に隠しているわけではなく、彼女が動きを見せればちらちらと肩や脇の素肌が見え隠れしている状況だ。

 そのチラリズムというか、見えたり隠れたりしている状況が逆にいかがわしさを醸し出していて……これまた逆に下半身は太腿から足先にかけてほっそりとした綺麗な生足を露出していることにもアンバランスなエロスを感じた零が気恥ずかしさに視線を逸らす中、有栖もまた恥ずかしさに顔を赤くしながら口を開いた。


「あぅぅ……あんまり、じっと見ないで……恥ずかしいんだから……」


「ご、ごめんっ!!」


 そんなに食い入るように見てしまっていたかと、自分の不躾さを恥じた零が大声で有栖へと詫びる。

 有栖もまた恥ずかしそうに俯きながら暑さを我慢してパーカーのジッパーを上げて素肌を隠し、小さく深呼吸をして心を落ち着けようとしているようだ。


 気まずい、というわけではないがここからどうすればいいのかがわからずに2人が玄関でまごまごとしていると――


「なにやってんのよ? あんたら、玄関でもイチャついてるわけ?」


「イチャっ!? そ、そんなんじゃあねえっつーの!!」


 ひょっこりと、廊下の先から顔を出した天がそんな零たちへと呆れた口調で突っ込みをいれてきた。


 彼女もまたパジャマ姿で、サイズから考えるとおそらくは有栖から借りたであろう服に着替えている。

 ピンク色の、至ってシンプルな半袖半ズボンのパジャマを着ている天は、成人とは思えないくらいに子供っぽい見た目をしているものの、普段のツインテールを解いたことで違った印象を受けるその姿に、不覚にも零はドキッとしてしまった。


「お? はは~ん? さては私のパジャマ姿に悩殺されちまったか~!? か~っ! 私ってば、罪な女~っ!!」


「んなわけねえだろうが! 調子に乗る前に、ちったあその平らな胸をどうにかしやがれ!!」


「あ? 喧嘩売ってるのか? 買うぞ? パジャマパーティーからガチンコプロレスにプログラム変更して暴れてやんぞ?」


 それでも普段と変わらない接し方をしてくれる天のお陰でどうにか気持ちを立て直した零は、彼女に悪態を吐きながらようやく靴を脱いで部屋へと上がることができた。

 その後、自分の家と間取りの変わらない沙織の部屋の廊下を進み、リビングへと向かった彼は、そこで待ち受けていた少女から盛大な歓迎を受ける。


「阿久津さ~ん! 買い出し、どうも!!」


「お、おぉぉ……っ!?」


 零がリビングに顔を出した瞬間、ソファーに座っていたスイが満面の笑みを浮かべてこちらへと駆け寄ってくる。

 まるで飼い主の帰宅を喜ぶ子犬のような振る舞いであるが……なんというか、その無邪気な反応にそぐわない破壊力を持つ彼女の姿に、零は思わず呻きを上げてしまった。


 白の生地に水色の水玉模様をあしらったワイシャツ型の半袖パジャマ……それはいい。

 問題は、その一部分が大きく盛り上がっていることだ。


 有栖と天が有していないその膨らみが、嬉しそうに飛び回るスイの動きに合わせて上下に揺れる。

 まさか……彼女はこの下に何も身につけていないのではないかという、ある意味恐ろしい想像を頭に浮かべてしまった零が表情を引き攣らせる中、今しがた彼が通った廊下から明るい声が響いてきた。


「あれ、零くん! 私がお風呂に入ってる間に来てたんだね~! 買い出し、お疲れ様~!」


「ぬおっ……!?」


 その声に反応して思わず振り向いた零が目にしたのは、想像を絶する攻撃力を持つ女性の姿であった。


「これで全員揃ったね~! お菓子と飲み物も用意したし、パジャマパーティーを始められるよ~!」


 風呂から上がったばかりでまだお湯に濡れている長い髪をタオルで拭きながら、こちらへと歩いてくる沙織。

 スイのように下着を身につけていないということはなさそうではあるが、シンプルなTシャツの下に隠れている膨らみは、その歩みの度に僅かながら上下に揺れている。


 Vネックの白い無地のTシャツに【巨乳】の2文字が刻まれているのは、なんらかのギャグなのか、あるいはただの天然なのか……(それを見る天の目は死んでいた)。

 首の傷をスキンカラーのサージカルテープで隠し、代わりに胸元から褐色のたわわな果実が作る谷間を曝け出しながら、普段となんら変わらない雰囲気で楽しそうにはしゃぐ沙織の姿(というよりその一部分)を呆然と見つめていた零の脇腹に唐突に鈍い痛みが走る。


「いぎっ!? あ、有栖さん……? あの、なんで俺の脇腹を掴んで……?」


「……零くんのすけべ」


「い、いででででででっ!!」


 ぐぐぐぐぐっ、と右手に力を込めて脇腹を抓りながら、ジト目でこちらを睨んでくる有栖の姿に気圧される零。

 何故だか先程閉じたはずのパーカーのジッパーが開いていることに気が付きながらも、地味に痛い彼女からの折檻を受けて悲鳴を上げるしかない彼にそれを指摘する余裕はないようだ。


 スイと沙織は零が買ってきたお菓子や先の宴会で余った飲み物を出してパーティーの準備をしているし、天はまだ死んだ目で虚空を見つめているし……零を助けてくれる者は、残念ながらこの場には誰一人として存在していないようである。

 そうして零は暫しの間、嫉妬が理由の大半である有栖からの折檻を受け続け、この後の立ち振る舞いを考える暇もなく、パジャマパーティーの始まりを迎える羽目になったのであった。



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