はい、あ~ん
『た、食べさせる、って……たら姉、何言ってんの!? それって、つまり――』
『うん! あ~ん、だよ~! いいじゃない! 1回くらいお姉さんの前でやってよ~!!』
『やれるわけないでしょうが! ってか、その言い方だとたら姉の前以外でやってるみたいに聞こえるから! 色んな意味でヤバいから!!』
丁寧に皿に乗せたお好み焼きへとソースとマヨネーズを塗りたくりながら、かつお節と青のりもふんだんにふりかけながら、最高の笑みを浮かべたたらばが無邪気に言う。
そんな提案に乗っていたら命がいくつあっても足りないと、炎上間違いなしの行為をどうにか避けようとする枢であったが、同期たちは無情にもそんな彼の逃げ場を塞いできた。
『いいじゃんかよ~! やれよ~!! もう空気が甘ったる過ぎて胸やけしそうなんだから、どうにでもなっちまえってんだ!』
『おお~! あ~ん、大人の恋愛……!! わー、見てみで!!』
『よ~しお前ら、ちょっとそこに並べ!! 今から説教してやる!!』
半分自棄になって煽る愛鈴と、無邪気であるが故にギリギリを超えた発言をするリア。
たらばを止めようとしない2人の反応にぷつりと堪忍袋の緒が切れた枢が説教をすべく立ち上がろうとした瞬間、彼の視界の端に何かが伸びてきた。
『……え?』
『………』
割り箸に摘ままれた、一口サイズに切り取られたお好み焼き。
それを無言で差し出す芽衣が頬をほんのりと赤く染めて上目遣いで自分を見つめていることに気が付いた枢が息を飲む。
『おおっとぉ!? 羊坂選手、大胆な先制攻撃だーっ!! 蛇道選手に有無を言わせぬ一撃をお見舞いすべく、先に動いたぞーっ!!』
『恥ずかしそうな表情と潤んだ目での上目遣い、そこに敢えての無言での圧という絡め技が素晴らしいですね~! さあ、これに対して枢くんはどう動くのかな~!?』
『そこ、うるさいっすよ!! 悪乗りが過ぎる!!』
【ええぞ、ええぞ!!(歓喜)】
【これは早くも勝負あったか~っ!?】
【枢、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ……!!】
【攻め芽衣ちゃん珍しい。今日はみんな浮かれてるみたいだな】
【なおたらばは普段とあまり変わりない模様。心労で枢の胃がヤバい】
自分が追い込まれていることを理解した枢が無責任にも実況&解説を行う大人組へと突っ込みを入れる間にも、妙な方向に盛り上がったリスナーたちの囃し立てるようなコメントが送られてくる。
それに加え、じりじりとお好み焼きを摘まんだ箸を自分の口元へと近付ける芽衣の動きに枢がどう対応すべきか悩む中、彼女の口から全てを決める一言が発せられてしまった。
『枢くん、あ~ん……!』
『ぐぅっ……!?』
……それは枢にとって、拒みがたい懇願であった。
その言葉を口にしている芽衣の表情は羞恥に染まっており、声の大きさもか細くあるのだが、それがまた彼女の必死さを感じ取れる要素となっている。
恥ずかしさに耐え、配信を盛り上げたり、自分に感謝を伝えるためにここまでしてくれている芽衣の懇願を無下にするだけの度胸を、枢は有していなかった。
故に、数秒の間、彼女と見つめ合った枢は、急速に込み上げてきた気恥ずかしさに芽衣同様顔を赤らめながら、ゆっくりと口を開く。
『じゃ、じゃあ……いただだき、ます……!』
『は、はい……あ~ん……!!』
若干箸を震わせながら、改めて枢へとお好み焼きを差し出す芽衣。
そんな彼女の動きに合わせて口を開いた枢は、箸の先に摘ままれていた料理を口に含むと噛み締めるようにその味を堪能していった。
『あ、味はいかがでしょうか……?』
『け、結構な、お手前で……!』
『そ、それは良かったでござる……わ、私が作ったわけじゃあないけど……』
もぐもぐと口の中のお好み焼きを咀嚼した後、ごくりと喉を鳴らしてそれを飲み込んだ枢へと質問を投げかける芽衣。
緊張と羞恥のあまり妙な口調になっている2人のやり取りは、宴会の肴として同期たちとリスナーたちに思う存分堪能されていた。
『あ~、初々しいね~!! 甘酸っぱいね~!!』
『……なんでだろう。禁酒してるのに、酒に逃げたくなってくるわ』
『おお……っ!? これが、大人の恋愛……!!』
【切り抜き&ファンアートはよ!! はよ!!】
【全くるめい勢を尊死させる最強兵器が誕生したな……!!】
【………(尊死×∞)】
【お前らこれで付き合ってないの? 嘘でしょ?】
【付き合ってはいない。結婚はしている】
『この……っ! いい加減にしろよ、お前ら!! もうこの話は終わりだ、終わり! なんでこういう話になったのかわけわからんわ!!』
囃し立てたり、煽ったり、やさぐれたりと思い思いの反応を見せる面々に対して、感じていた羞恥をそのまま怒りへと変換させた枢が大声で叫ぶ。
自分たちに対するアウェイ極まりないこの空気を払拭すべく、同期やリスナーたちにキレ散らかして大暴れする彼であったが……そのすぐ近くで、芽衣が顔を真っ赤にしながらこんなことを考えていたことには気が付いていなかった。
(や、や、や、やっちゃった……! お箸変えるの、忘れてた……!)
たらばにあ~んなどというあまりにもバカップルっぽい恥ずかしい行為をするよう促されたことでうっかり失念していたが、今しがた自分が使った箸は普通に自分が使っていた箸なのである。
それをそのまま枢にお好み焼きを食べさせるために使ってしまったということはそれ即ち自分が口をつけた箸の先に枢が口をつけたということであり、そういった行為を世の人々は間接キスと呼んでいて、つまりは自分たちはそういった行為に手を染めてしまったことになって――
(だだだ、駄目だ! わ、わす、忘れよう! これの事実が配信に乗ったら絶対に炎上しちゃう!!)
誰でも予知できる未来を読んだ芽衣は、この事実を自分の胸にしまうことを決意しながらゴミ袋へと今まで使っていた箸を押し込んだ。
そうした後、真っ赤になった顔を冷ますようにウーロン茶が入ったコップを頬に押し当て、深い深いため息を吐く。
『あんたたちは毎回毎回、そうやって無邪気に俺を燃やしかかるんだから! もう少し学べ! 本当に!!』
『ごめんごめん! また1つなんでも言うこと聞いてあげる権利を上げるから、許してよ~!』
『んじゃ、わーもそれで。ほんにごめんな、蛇道さん』
『やったな枢、大好きなおっぱい揉み放題だぞ。お姉さんと妹分の乳をこれでもかと揉みしだけよ』
『うっせぇぞ、無い乳!! っていうかそれだよ、それ! またその発言で俺が燃えるんだよ!! もうわかってやってるだろ!?』
そんな同期たちの会話を耳にし、楽しそうなリスナーたちのコメントを目にしながら、誰にも吐き出せない悶々とした感情を抱える芽衣は、枢が自分の差し出したお好み焼きを頬張る光景を思い出し、再び耳まで顔を真っ赤に染めるのであった。
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