彼女の、心配


「どう? 落ち着いた?」


「んぅ……少しだけ、だけど……」


 フードコートの一角にて、買ったばかりのドリンクを飲んで頬の火照りを冷ましていた有栖が零の問いに答える。

 頬の赤みは随分と引いたが、まだまだ心の緊張は落ち着いていないみたいだなと苦笑を浮かべながら零がストローを咥えれば、そのタイミングで彼女が謝罪の言葉を投げかけてきた。


「あの、ごめんね。私のせいでお友達に変な誤解させちゃったし、それで零くんに迷惑がかかったりしたら……」


「大丈夫だよ。あいつ、あれでなかなか口は堅いしさ。連絡先も知ってるし、必要だったらきちんと誤解も解いておくから」


「あうぅ……」


 さらりと、有栖の謝罪を受け入れつつ彼女のフォローを行う零。

 慣れた様子……というより、実際にこうして有栖を励ましたり慰めたりすることに慣れている彼の普段通りの優しさに甘えながらも、彼女が最も気にしている部分はそこではなかった。


「あの、さ……」


「うん? どうしたの?」


 か細く、弱々しい声で再び零に声をかける有栖。

 優しく自分の話に耳を傾けてくれる彼の心遣いに感謝しつつ、彼女は2つ目にして本題となる謝罪を口にした。


「嫌……だったよね? 私なんかがその、彼女だなんて、思われるの……」


 勇気を振り絞り、喉を震わせながら有栖が零へとそう告げる。

 そのまま、きょとんとした表情を浮かべている彼の顔を直視出来ないでいる有栖は、謝罪と自虐が入り混じった言葉を吐き出していった。


「わ、私なんて陰気で暗い性格してるし、子供みたいなちんちくりんだし、家事スキル壊滅的だし、その、おっぱいも小さいし……こんなのが彼女だって噂が広まっても、迷惑なだけ、だよね?」


 ず~ん、と落ち込んだオーラを全身から出しながら実に自虐的な発言をした有栖ががっくりと肩を落とす。

 中学生どころか小学生にも間違えられてしまう、お世辞にも女性として魅力的だとは言えない自分が彼女だと認定されてしまったこの状況は、零にとって迷惑になっているのではないだろうか?


 思い返してみれば、井川とかいう友人の笑みもからかいが大半であったし、彼は零が幼女趣味か何かだと勘違いしている可能性もある。

 そういった部分も含めて、自分の不用意な発言のせいで零の地元で彼に不名誉な噂が広がる可能性を作ってしまったことを有栖は実に心苦しく思っていた。


(せめて、喜屋武さんか三瓶さんが相手だって噂だったら良かったのにな。秤屋さんなら、スパッと否定出来ただろうし……)


 大人っぽくて、どこに出しても恥ずかしくない魅力的な女性である沙織かスイなら、零の彼女としてばっちりだっただろう。

 あるいは、自分ではなく天が一緒に買い物をしていたならば、場の雰囲気を崩さずに恋人である可能性を否定してくれたはずだ。


 色んな意味でハイレベルな3人と比べ、足りない部分が多くある自分がよりにもよってこのタイミングで零の友人と出くわしてしまった上で、彼女認定されてしまうなんて……と、自分の間の悪さのせいで零に迷惑をかけてしまったことに落ち込む有栖であったが、そんな彼女に心配されている零本人は真逆のことを考えていたようであった。


「ぷっ……ははっ! なに? そんなこと心配してたの? 全然問題ないって! むしろ、俺が有栖さんに申し訳ないな~、って思ってたくらいなのに!」


「ふぇっ……?」


 つい、といった雰囲気で噴き出した零は、そのまま快活な笑みを浮かべながら一息に有栖へとまくし立てる。

 その言葉を聞いた彼女が驚いて顔を上げれば、愉快気な笑みを浮かべた零の顔が目に映った。


「普通に考えて、謝るべきは俺でしょ? 出会い頭に連れを恋人認定するような無遠慮な友人が騒動の発端なわけだしさ」


「でも、トドメになったのは私の変な発言だし……」


「有栖さんが人見知りなことを知ってる俺が、あいつからガードしてあげられなかったのが悪いよ。俺もテンパってたしさ。それに、まあ、なんて言うか――」


 これまでとは逆に、有栖へと謝罪の言葉を述べていた零が手にしたドリンクのストローを咥えて一口その中身を吸う。

 軽く喉を鳴らして、その中身を飲み干した彼は、テーブルの上に容器を置くと共に素直な気持ちを告げた。


「……俺は嬉しかったよ。有栖さんに、家族だって言ってもらえてさ」

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