彼の、想い


「ふぇ……?」


 唐突なその発言に、再び頬の赤みを再来させた有栖が驚きの呟きを漏らす。

 零は、そんな彼女を直視しないまま、多少の照れを含ませた声で自身の心情を吐露していった。


「いや、さ……前に俺、2期生のみんなを家族だと思ってるって言ったけど、みんなの方はどうなのかな~……って思ってたところでさ。なんか俺1人だけが盛り上がってるみたいで、ちょっと恥ずかしかったんだよね。でも、有栖さんがああ言ってくれたお陰で俺だけが舞い上がってるわけじゃないってことがわかったっていうか、同じ気持ちの人がいたことが嬉しいっていうか……まあ、そんな感じ」


 苦笑と共に、隠し切れない気恥ずかしさを滲ませながら零がそう自分の気持ちを言葉として表す。

 彼の話を聞いた有栖もまた、ぶり返してきた恥ずかしさに何も言えずに俯きながら体に込み上げる熱を冷ますかのように残っているドリンクを飲み始めた。


「それにまあ、有栖さんは自分が思ってるよりもずっと魅力的な女の子だと思うよ。少なくとも俺は、周りに有栖さんが彼女だって思われても迷惑だなんて思わないかな」


「……ほんと?」


「こんなことで嘘なんか吐かないよ。そういった部分も含めて、俺の方が悪いかなって。それに――」


「……それに?」


「あ~……周りから見て、その……恋人同士とか、そう思われても仕方がないのかな~って……」


 今度は苦笑したりせず、僅かに有栖の反応を気にしながら零が自分の考えを告げる。

 この発言に彼女が気を悪くしたりしないかなと心配する零であったが、逆にここで話を途切れさせてしまってはそれこそ妙なもやもやが残るだけだと判断した彼は、有栖に誤解されぬよう、詳しい話をすべく口を動かしていった。


「いや、ほらさ。さっきのあいつ、井川っていうんだけど……俺もあいつも、お互いに名前で呼び合ったりしてなかったでしょ?」


「あ……! 確かに、言われてみればそうだったね……!」


「……まあ、なんだ。あいつとは仲が良い友達ではあるけど、そこまで深い関係ではないっていうか……浅く広くっていうの? 俺、友達は多くても親友みたいな人はいなかったし、それこそ彼女なんて以ての外だったわけなんだよ。推薦のために勉強しなくちゃならなかったし、家のことは自分でやんなくちゃならなかったし……必要に応じて短期のバイトとか、他にも色々忙しくってさ、あんまり友達との関係を深める機会がなかったっつーか……」


 自身の高校生活を振り返った零は、多分に自虐的な感情を含めながら有栖へとそう語った。

 零自身の性格としては、人付き合いも良いしコミュニケーション能力も高いわけだが、彼を取り巻く環境のせいでそれを発揮する機会がそもそもあまり得られなかったわけである。


 まあ、そういう状況になるよう人付き合いをそこそこにする判断を下したのは零ではあるし、結果として大学への進学を家族に潰された今、そこまでしてきた努力が無駄になったと考えると色々と暗い感情が心から湧き出してきそうになるのだが……今、そのことを考えるのは止めておこう。


 逆にいえば、これまで彼女どころか親友と呼べる相手すら作ってこなかった零ではあるが、それでもそこそこ好感情を寄せてくれる友人たちは多くいた。

 そういった人たちが今の零と有栖の姿を見て、何を思うのか? と聞かれれば……こういう結論に至るだろう。


「井川の奴からしてみればさ、久しぶりに会った俺が女の子と名前で呼び合いながら一緒に買い物してるだなんて、高校時代では思いもしなかった姿を見せられたわけだ。多分、あいつの目には有栖さんが俺にとって特別な存在に映ったんだと思うよ」


「……うん、そっか。そうだったんだね」


 彼のあのからかいの笑みは、悪感情からくるものではなかった。

 純粋に、単純に……零が特別だと思えるような相手を見つけられたことを、喜んでいたのだ。


 元来のネガティブ思考というか、被害妄想がちな性格のせいで有栖が受け取っていただけであって、井川は友人である零の幸せを心から祝福してくれていたのだろう。

 休日に誰かと一緒に出掛けたり、親交を深めた証である名前呼びをし合ったり……地元を離れた零がそういった相手を作ったことを、彼は素直に喜んでいただけだった。


 そう考えると……また少し、彼の言葉の意味合いが違ってくる。

 彼は有栖のことを、零の恋人として、ひいては家族として相応しいと思ってくれたのだろう。


 それはそれで恥ずかしさが込み上げてくるし、別の意味でのプレッシャーも感じてしまうわけではあるが……決して、嫌な気分になることではなかった。


「そういうことだからさ、あんまり気にしないでよ。昔の俺を知ってるからああいう勘違いとかからかいとかをしただけだし、折を見て訂正しとくからさ」


「あ、うん……」


 気にするな、と言われても無理ではあるが、無理に訂正しなくてもいいよという言葉を口にしそうにした有栖は慌ててドリンクと一緒にその言葉を飲み込んだ。

 それだとまるで、自分がこのまま本当に恋人という関係になろうと言っているようなものではないかと、考え無しの脳死状態からのノータイム発言で痛い目に遭ったばかりの有栖が自戒の意味も込めて自分を責めていると――


「駄目だよ~! そこは訂正じゃなくて、本当に恋人になって嘘から出た実にするべきさ~!」


「ぴえっ!?」


「ぶへっっ!? きゃ、喜屋武さんっ!? え? どうしてここにいるんすか!? ってか、話を聞いてたんです!?」


「やっさー! スイちゃんがプリピュアの玩具欲しいって言うから、フードコートにラッキーセット買いに来てね~! そしたら2人のこと見つけちゃったから、こっそり話を聞かせてもらってたんよ~!」


 ――突然に聞こえてきた琉球弁交じりの声を耳にした零と有栖は、椅子から飛び上がらんばかりの驚きと共にその声の主の方向を見やった。


 ハンバーガーショップのロゴが描かれたSサイズドリンクの容器を持ちながら2人のことを見つめている沙織は、椅子の背もたれ部分にそのたわわな果実を乗っけた状態で楽しそうに甘酸っぱい男女の会話を聞き続けていたようだ。

 よく見れば、その奥には今しがた手に入れたばかりの玩具で遊ぶスイの姿もあり、ここまでの会話を全て聞かれていたという事実に零が顔を赤くしながら抗議の声を上げる。


「喜屋武さん! 盗み聞きとか止めてくださいよ! ってか、この後飯食うのに三瓶さんにバーガー食べさせてどうするんすか!?」


「あはは、ごめんね~! また1つなんでもいうことを聞いてあげる権利をあげるから、許してよ~!」


「そういう問題じゃないっすから! あと、普通に座ってください! その体勢、お行儀悪いっすよ!」


「そだね~。おっぱいが乗っけられて便利だったけど、周りのちびっ子たちが真似したらマズいから、そろそろ普通に座るよ~!」


 あっはっは、と屈託なく笑いながら、背もたれに抱き着いていた体勢から反転した沙織が立ち上がる。

 そのまま、普通にスイと向かい合った彼女は、最後に振り返ると2人に向けてお茶目にこう言ってみせた。


「ささ、お姉さんたちのことは気にせず、2人でイチャイチャしちゃってよ~! ここからは盗み聞きはせず、堂々と後ろで話を聞かせてもらうからさ~!」


「きゃ、喜屋武さんっ!!」


 羞恥のせいか、普段よりも怒りを強めた零が珍しく大声で沙織を叱責する。

 そんな彼の姿を見ながら、なんだかいたずらっ子な長女を叱るお母さんみたいだなと……2期生という子供たちの面倒を見る親としての雰囲気を感じ取った有栖は、くすくすと柔らかく笑みを浮かべるのであった。


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