ママと、呼ばれたくて……



『……何も考えてなかったけど、場の雰囲気に流されて取り合えず言っとけっていう浅はかさが反応から見て取れますわ』


『うぐぅ……! やっぱりママの思考は読み取られている……!! で、でもいいじゃないっすか! 上手くいけばこの問題に正解出来るかもしれないんすよ!?』


『あの、なんか可愛いことってなんですか? ちょっとアバウト過ぎて、何を言ったらいいのかわからないんですけど……?』


 ノープランの見切り発車を枢に突っ込まれたしゃぼんがじたばたする中、冷静な芽衣がか細い蜘蛛の糸を手繰り寄せるようにヒントを貰うための条件を詳しく尋ねる。

 その問いかけに暫し考え込んだしゃぼんは、取り合えず自分の欲望に従ってみることにした。


『え~……じゃあ、自分のことを可愛らしくママって呼んでくれたらいいっすよ!』


『な~んだ、それなら簡単さ~! しゃぼんママ~! いつもありがとうね~っ!!』


『うひょ~っ!! あぁ、自分の中の母性が満足していく……! そういうのもっと頂戴! もっと自分を気持ち良くして!!』


 子供たちから甘えられたいというか、ママと呼ばれたいという欲望を全開にしてみれば、早速それに乗ってくれたたらばが甘えた雰囲気で自分を母親呼びしてくれた。

 そのことを喜びつつ、予想以上にいい気分になれたことに小躍りしつつ、むくむくと膨れ上がってきた欲望のままに更なる快感を求めた彼女は、他の2期生たちへと促しの言葉を投げかける。


 芽衣も、愛鈴も、そしてリアも、そこまで恥ずかしさを感じない行動であるその要求をすんなりと飲み、しゃぼんへと彼女が望む言葉を投げかけてやった。


『しゃぼん母っちゃ! ……よりも、しゃぼんママさん、の方がいいですか?』


『お~っ! 方言キャラと無口キャラのコンボ!! 1粒で2度美味しいっすね!!』


『しゃぼんママ、私、お小遣い欲しいな~……! 優しいママなら、娘の可愛いおねだりを無駄にはしないよね?』


『う~ん、あざとい! だがそこがいい!! 諭吉さん3人くらいで足りるっすか?』


『え、ええっと……しゃぼんママ、さん? お義母さんって呼んだ方がいいのかな……?』


『ッスゥー……本当、不出来な息子ですが、どうかよろしくしてやってほしいっす。枢! 芽衣ちゃんを一生幸せにするんすよ!!』


『余裕でアウトな発言はしないでくれる? 夢から覚められないのなら、俺が1発ビンタでもしようか?』


『はっ!? め、芽衣ちゃんからのお義母さん呼びで意識が飛んで、幻覚を見てたみたいっす。でも、いい夢だったなぁ……!』


 3人から次々とママ呼びされたしゃぼんが、危な目な幻覚に酔った感想を述べる。

 恍惚としたその横顔にこの人はもう駄目だなと考える枢であったが、彼女は次なる欲望の矛先を彼へと向け、こんなことを言ってきた。


『さあ、残りは坊やだけっすよ! ヒントが欲しけりゃ自分のことをママと呼びな!!』


『うげっ!? お、俺も? いや、俺は結構な頻度で母さんって呼んでるんだから別に――』


『だ~め~な~の~! 母さんじゃなくって、ママって呼ばれたいの! 子供の頃のように無邪気にママって呼ぶ坊やが見たいんすよ、こっちは!!』


『勝手に記憶を捏造すんな! 誰が無邪気にあんたをママ呼びしてた!?』


『そういうのはどうでもいいから、早くママ呼び! 芽衣ちゃんたちはやったのに、坊やだけが意地張るんすか!? そのプライドのために、同期たちの頑張りを無駄にするつもりなんすか!?』


『うぐぐぐぐ……!?』


 少しこうなるんじゃないかという予想はしていたが、実際にそういった事態に直面すると思っていた以上の恥ずかしさが襲ってくる。

 ついでに、しゃぼんの言いなりになるのは嫌だという個人的な感情が胸に渦巻いてはいるのだが、彼女が言うように同期たちの頑張りを無に帰すような真似をする罪悪感がその感情を上回り、枢に覚悟を決めさせた。


『ぐ、ぎ、ぐ、ぐぐぐ……! ま、ま、ま……!!』


『お? おお? おおおおおっ?』


 妙に弾んだしゃぼんの声が、自分にずいっと顔を寄せてくるような反応が、実に癪に障る。

 この配信が終わったら覚えておけよと彼女に対する怒りを胸に刻みながら、その屈辱に耐えた枢が望まぬ一言を口にしてみせた。


『ひ、ヒントを、ください……しゃぼん、ママ……っ!!』


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