配信の締め、蛇道枢



『え~っと、順番でいえばたら姉からね。了解、っと……』


 軽く咳払いをした後、『バイカムⅡ』の耳元へと口を寄せる枢。

 なぎさのように大声を出してリスナーたちの鼓膜を破壊せぬよう注意しながら、初めてのASMRに対して慣れないながらも懸命に指定されたお題をこなしていく。


『……たら姉、司会進行役お疲れ様。2期生の代表として、外部のVtuberさんと1番絡む役割を担ってくれて、本当にありがとう。ただ、あんま俺を燃やす真似は勘弁してね』


『むっふっふ~……善処するさ~!』


 枢の演技の邪魔にならないよう、マイクが拾わない程度の声量で呟いたたらばが笑う。

 善処はしてもあまり行動は変わらないんだろうなと憎めない姉のような同期に対して苦笑してから、枢は2戦目の勝者であるすすきへのボイスを披露した。


『秋月さんには……長ったらしい言葉は要らないでしょう。短く、いかせてもらいます』


 彼女がそうしたように、簡潔な一言で済ませるつもりの枢が軽く息を吸う。

 「月が綺麗ですね」の告白に対して、彼がどんな返しをするのか? それを楽しみに見守る一同の前で、枢が口を開いた。


『……ずっと一緒に、月を見てくれますか?』


【死んでもいいわじゃないのか?】

【これも返しの1つ。逆告白的なもの】

【芽衣ちゃんを捨てるつもりか!? 燃やすぞ!!】


『ふ、ふふ……! 蛇道さまは意外と文学に精通していらっしゃるんですね。それに、ロマンチストでもあられるようで……』


 くすくすと、自分の告白に対する正答の1つである返しを見せた枢の反応にすすきが笑う。

 ほんの少しだけ嬉しそうな、それでいて気恥ずかしそうな彼女の様子に抱いていた緊張を僅かに和らげた枢は、続いてリアへのご褒美ボイス披露へと移っていった。


『リア様は……冬になったら、一緒に鍋食べましょうか? あんまり顔を合わせられないからこそ、1つ1つの機会を大事にしていきましょうね』


 枢のその言葉に無言のままぶんぶんと首を上下に振って頷くリア。

 同期たちの中で唯一、地方住みである彼女を慮りつつ、これからも楽しい思い出を積み上げていきたいと願う自身の気持ちを告げてくれた枢の言葉に嬉しそうに微笑んだ彼女は、実にいい表情を浮かべていた。


 そして、最後。この場にいる全員が最も期待しているであろう彼女へと送る言葉を頭の中で組み上げた枢は、再び押し寄せてきたプレッシャーに軽く息を詰まらせた。

 だがしかし、彼女はこの重圧に耐えてみせたのだから、自分だってそうすべきだと、自分自身を叱責した枢は、深呼吸を行った後に囁きを発する。


『……芽衣ちゃん。今日は本当に頑張ったね。初対面の女の人が沢山いて、他にも色々と初めてなことがいっぱいあって、凄く緊張したと思う。でも、一生懸命頑張って配信を盛り上げてくれてたね。出会った頃よりもずっと、君は強くなってるよ。これからも、俺は……芽衣ちゃんが頑張る姿を、ずっと傍で見守り続けるからね』


 2人でずっと……という芽衣の言葉に、自身もまた傍にいるという言葉で応える枢。

 これまでの3人への囁きとは違う、自分で言っていてなんだか妙に恥ずかしくなってしまうその台詞に顔を赤くする彼の背後では、芽衣もまた彼以上に顔を真っ赤にして俯く姿があった。


 さて、これにて出演者たちへのご褒美ASMRは終わったわけだが、枢にはまだ仕事がある。

 それを理解している彼は、深く息を吸い込むと……ここまで配信を見守ってくれた視聴者たちに向け、感謝の言葉を送った。


『……お前らも、ありがとな。一緒に鼓膜破壊されたり、ドキドキしたり、同じ気持ちを共有出来て楽しかった。今日は本当にお疲れ様。また明日もよろしく。……いい夢見ろよ。それじゃあな』


 そう、視聴者たちへとおやすみの挨拶をした枢の言葉を合図に、配信が終わる。

 枢から自分たちへと送られたメッセージを頭の中で反芻し続ける視聴者たちの盛り上がりはその後しばらくの間続いており、コメント欄は興奮冷めやらぬ状況だったそうな。


 ついでにこのASMRが本当に禊になったのか、あれだけ羨ましい目に遭ったはずの枢は今回全く炎上せず、むしろ感謝のメッセージが大量に送られてくるというなんとも意外な結末を迎えたようである。(タケリタケの画像もいつにも増して大量に送られてきた)




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