玄関先、2人
――ピンポ~ン♪
「うおっ!? は、は~い! どちら様ですか~?」
不意に鳴り響いた呼び鈴の音に驚きながら飛び起きた零は、インターホンで相手を確認することもなく大慌てで玄関へと向かって走っていった。
訪ねてきた人物が誰であろうとも普段通りの平然とした姿を見せなければならない。
もしも同期の誰かだったとしたら、この後に控えている配信に影響を及ぼさないためにもその部分を徹底しなければ……と、考えながら扉を開けた彼が目にしたのは、今現在、最もそういった誤魔化しがしにくいと零が感じる人物だった。
「あ……! 急にごめんね、零くん。今、大丈夫?」
「有栖さん。どうかした?」
扉の向こうに立っていた有栖と視線を交わらせ、柔和に会話する零だが、心の中では少し焦っていた。
仮に彼女が昼間の自分の妙な行動に違和感を覚え、そのことについて話をしに来た場合、零が知る限り最も煙に巻くことが困難な人物だと理解しているからだ。
スイと天なら適当に誤魔化せる。薫子が相手ならそもそも誤魔化す必要がない。
こういった場面で困るのは、頭も回る上に年上としての立場をフルに使って話を聞き出そうとする沙織か有栖だと、零はそう思っている。
ぶっちゃけた話、普段の有栖が相手ならばそこまで困ることはない。
彼女は臆病というか、弱気な部分もあるし、零が困った様子を見せたならばすぐに退いてくれるはずだ。
だが、しかし……有栖の心の芯の部分が、時に途轍もなく強く固くなることを零は知っている。
彼女が覚悟を決め、勇気を振り絞り、退かないと決めた場合、零にとっては有栖は最大に厄介な相手となるのだ。
「……昼間さ、なんだか様子が変だったから、心配になっちゃって……それで、様子を見に来たんだけど……」
「あ、ああ、大丈夫だよ。大したことじゃないから、別に心配する必要なんてないって!」
ホールケーキも入ってしまいそうな大きな紙の箱の持ち手に指を絡ませながらそう言った有栖へと、出来る限り元気な風を装って返事をする零。
だが、この程度で今の彼女が納得するわけもなく、零からの返答を受けた有栖は顔を伏せたまま、静かながらもはっきりとした声で彼へとこう述べる。
「……うそつき。今の零くんが普通じゃないことくらい、私にだってわかるよ。無理して笑ったりなんかしないでよ」
「べ、別に無理なんかしてないって! 本当に平気だし、大丈夫だし――」
「……1人で抱え込まないでって、前にも言ったよね? また零くんが無理し続けて、倒れたりするなんて嫌だよ。頼りないかもしれないけど……辛いことがあったら、話くらいは聞けるよ? 零くんがそれすらも嫌だって言うなら、仕方ないけどさ……」
「………」
本当に厄介な相手だと、心の中で有栖をそう評した零が無言のまま彼女から視線を逸らす。
零が断りにくい雰囲気を作れるだとか、弱々しく振る舞う癖に実に頑固だとか、そういった厄介さももちろんあるが、何よりも厄介なのは零自身が有栖相手にならば甘えてもいいかと思えてしまうところだ。
他の同期相手ならば、こんな風に思うことはないだろう。
年下のスイにもたれ掛かるなんてのは論外だし、天に弱みを見せるというのも気が引けるし、沙織が相手の場合は若干の気恥ずかしさがある上に向こうのオープンさも相まってその感情が強まってしまう。
現在の零の人間関係において、彼に最も近しい位置に在る彼女たちですらそんな有様なわけだが……有栖だけは、真の意味で零が甘えることが出来る唯一の存在であった。
お互いに弱い部分も、過去の傷も見せ合った仲であり、互いの夢を応援し合う関係であり、心の奥底で大切な存在と認識し合っている相手だからこそ、零にとって胸の奥にある苦しみを吐露出来るただ一人だけの相手になり得るかもしれない。
恩人であり叔母でもある薫子とはまた別ベクトルで頼りになるというか、信頼出来る相手である有栖に直球で問いかけられた零の心は、彼自身が思っているよりも大きく揺らいでいた。
「……うん、まあ、ごめん。やっぱ誤魔化せるわけないよね」
「喜屋武さんも、加峰さんも、みんな心配してたよ? 特に加峰さん、自分がまたなにかしちゃったんじゃないかって物凄く凹んでた」
「だよなぁ……! あれだけわかりやすく動揺しておいて、なにもないで通るわけがないか」
考えてみれば当たり前かと、昼間の自分の反応を振り返った零が苦笑を浮かべながら言う。
あんな醜態を晒しておいてなにも問題はないだなんて言っても信じられるわけがないと、多少の冷静さを取り戻した彼は同時に明るい気分を抱きながら小さく笑うと、堂々と端的に自分のトラウマを口にしてみせた。
「嫌いなんだよね、プリン。食べ物としてじゃなくて、存在そのものがさ。クソみたいな親と弟のせいで、なんでも美味しく食べられる俺の数少ない嫌いな食い物になってるんだよ」
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