パターン④愛鈴の場合
『本当に申し訳ないと思ってるというか、それ以外の言葉が見つからないというか……』
『別にいいですって、マジで。なんだかんだで丸く収まりましたし、そんな気にすることないっすよ』
『いやぁ……でもやっぱ私のせいで色々あったことは申し訳なく思うし、その上でこうして相談に乗ってもらってると気が引けちゃうよね』
表でのバチバチの殴り合いからは想像も出来ない穏やかな会話を繰り広げる枢と愛鈴。
特に愛鈴の方は配信で見せる弾けた姿から一変し、完全にしおらしく下手に出た姿を見せている。
おそらくは記憶に新しい大炎上について話をしており、その件を絡めて愛鈴が枢に相談を持ち掛けたという形なのだろう。
と、2人の会話の背景にどういった事情があるのかをリスナーたちが理解していく中、愛鈴が本題となる歌ってみた動画へのお誘いを史上最高(最低ともいう)レベルの下手さで切り出した。
『こんな状況で申し訳ないし、完全に利用する形になってるんだけどさ……一緒に動画、出してくれない?』
『……別に構わないっすけど、利用ってどういう意味ですかね? なんか俺、ヤバいことやらされるんすか?』
『いや、そうじゃなくって、その……露骨に好感度稼ぎにいってるっていうか、そんな感じっていうか……』
『ああ、なるほどね』
愛鈴の言葉に苦笑しつつ、納得する枢。
要するに愛鈴は、未だに燻っている炎上の残火を掻き消すために枢の力を借りたいということなのだろう。
2期生の誰かと仲良くしている動画を出せば、和解したのは表だけで裏では未だにぎこちないやり取りが続いていると思っているファンたちを納得させることが出来るかもしれない。
配信ではなく動画なのも、下手に同期と絡んだ結果、リアルタイムで荒れる展開になってしまうことを恐れての判断だと考えれば納得が出来る。
そして、1対1で絡む場合、愛鈴にとっては枢という選択肢がベストであることも彼には理解出来ていた。
いざこざがあった芽衣とリアではハードルが高いし、逆に件の騒動で愛鈴の面倒を見続けてくれたたらばではハードルが低過ぎる。
特に禍根はなく、ある程度のプロレスが出来る蛇道枢という選択肢が同期の中では最も無難というか、ベストというよりかはモストベターとでもいうべきものなのだろうと、枢は考えた。
『俺は構わないですよ。ってか、たら姉の言った通り、愛鈴さん成長してますよ。こういう時に仲間の力を借りれるようになってるんですもの』
『……それは、そうだね。前みたいに1人で抱えて大爆発……っていうのが最悪のパターンだって気が付いたし、みんなに怒られたり励まされたりしてもらったお陰で、もうこれ以上は情けないところを見せることもないかって、開き直れるようになったのもあるね』
『いいことですよ、それは。同期同士、ピンチの時には助け合っていきましょう』
『……本当にありがとう、枢くん。申し訳ない』
『そこはありがとうだけでいいんすよ。気後れする必要なんてないんすから』
……とまあ、会話だけ切り取ると凹んでいる愛鈴を励ます枢という心温まる同期の絆を感じられるやり取りではあるのだが、忘れてはならないのは片方は演技100%というところであり、しかもそれが相手の優しさに付け込んでのムーブだというのだから始末が悪い。
自分が騙されているなど微塵も想像していない枢は、純度100%の優しさを以て愛鈴へと共同で出す動画についての話を続けていく。
『で、どんな動画出します? やりたいこととかありますか?』
『ゲーム実況とかだと長くなりがちだし、演劇系も2人だとやれることに限界があるからさ。やっぱ1本の動画で終われる歌ってみたがいいかなって私は思ってるんだけど……』
『了解です。曲とかはどうします? やっぱ明るい曲の方がいいですよね?』
『うん、私もそう思う。いっそギャグに振り切っちゃった方がいいかなって思ったから、こんなのどうかなって』
とんとん拍子で進む話の中、愛鈴は自分が選択した曲を枢へと提示した。
彼女が選んだのはRPG世界での出来事をモデルとしたような面白おかしい曲で、微塵も暗さを感じさせないギャグテイストの楽曲だ。
やや早口な部分もあるがここは練習次第だなと判断した枢は、問題なしと判断してそれを愛鈴へと伝える。
『OKです。これならまあ、俺も頑張れば歌えると思います。練習は必須ですけどね』
『私も実際に歌ったことはないから、そこはお互いが共通してるね。でも、OKしてもらえてよかった……!』
『今度は俺が我儘を言うかもしれないんで、その時は気持ちよく力を貸してくださいよ?』
『たらばでいう、何でも言うことを聞く権利ってやつ? 私、おっぱい小さいんだけど、それでも良ければ……』
『そういう話じゃないっす。ってか、たら姉にもそんなお願いはしたこと……なくもないな、うん』
先日のSNSでの好感度調整を振り返った枢が自ら自身の意見を否定する。
何はともあれ、こうして愛鈴がおどけるくらいの余裕を見せられるようになったことは良いことだと判断した彼は、全くもって彼女に疑いを持たないまま、歌ってみた動画の収録約束を取り付け、通話を切り上げるのであった。
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