第3の、能力



 とても楽しそうに、狂気的な笑い声を上げる枢だが、その動きは大胆かつ定石的だ。

 殺人鬼RPロールプレイをしながらも冷静に判断を下す彼の様子を目の当たりにしたたらばは、心の中で苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら思う。


(しまった~……! このゲームに慣れてきたのは、私たちだけじゃなかったさ~!)


 初回からハンターの性能を引き出すプレイングを見せられていたためにすっかり忘れていたが、枢も自分たちと同じくこのゲームは初心者なのだ。

 回数を重ねていった自分たちがゲームに慣れ、定石を学んだのと同じく、枢だってハンターとしての動きに慣れていくのも当然である。


 このゲームにおいての強いプレイングとはなんなのか? 自分の得意分野は? どうすれば効率的にランナーを駆除出来る?

 そういった学びをここまでのゲームの中で得た彼は、最後の最後で頭と技術が必要ながらも索敵と追跡のどちらもが上々レベルのハンターを選択し、見事に使いこなしていた。


『あ~! 助けて~っ! もうそろそろ死ぬ! 体力ゲージなくなる~!』


『ほらほら、どうするんだ? このままだと愛鈴が消えて、3VS1になっちゃうぞ~!?』


【くるるんヤバwwwやっぱ常日頃から火炎瓶投げられてる奴は扱い方が違うな!】

【もしかしてその瓶、俺たちが投げたやつをリサイクルしてる?】

【うぉぉ……! こいつかなり難しいハンターなのに、初見とは思えない使いこなし方してるぞ、これは……!】


 状況的にも、ムード的にも、枢が有利。

 このまま愛鈴がゲームオーバーになれば数の有利が少しずつ消失していくだろうし、かといって強引な救助を行っても不利が広がる気がしてならない。


 こういう時にこそ焦らず、最適な行動を選択しなければ……と、自分自身を落ち着かせたたらばは、深く息を吸い出すとステージ上を猛スピードで走り始めた。


『芽衣ちゃん、リアちゃん! 私が枢くんを引き付けておくから、その間に救助と修理をお願い! 最悪、愛鈴ちゃんは見捨てても構わないさ~!』


『そんなご無体な~っ!? 私のことを諦めないでよ!』


『ふっはっは……! 流石はたら姉、判断が冷静だなぁ……!! でも、いいの? そんなに瓶を割りながら動いてさ?』


『居場所を教えなきゃ引き付けられないでしょ? さあ! 私と勝負だよ、枢くん!』


 煙瓶の設置場所は大体予想がつく。

 枢は賢いから、ランナーが逃走している際に踏んだら困る場所に瓶を置いているはずだ。


 その予想は正しく、次々と瓶を踏んでは破壊していったたらばは、継続的にデバフを受けながらも枢が先んじて設置した罠を粉砕し、ステージの状況をリセットしていく。


 ゲームが始まっておよそ1分か2分であったが、枢は自分たちの前に姿を現さずに罠の設置に専念していた。

 それが全て無くなれば、この後の戦いはかなり楽になるはずだと……1回の確保を覚悟した上で枢が仕掛けた罠を踏み抜いて回っていたたらばの前に、唐突に彼が姿を現す。


(来たっ! 取り合えず、1回は攻撃を受けることになるだろうから、そこから枢くんがどう動くかで次の行動を決めよう)


 距離的に、速度低下のデバフを受けている自分が無傷で枢から逃げることは不可能。

 負傷状態にはなるだろうが、そこで再び距離を空けて板か窓枠がある場所まで逃げ、時間を稼ぎたい。


 そうすれば愛鈴を助ける時間も生まれるだろうし、もっと長引けば彼女を回復させられる時間も出来る。

 この戦いの分かれ目は、ここで自分がどれだけ枢を相手に時間を稼げるかだと、正念場に望むたらばは気合を入れ、ハンターとの距離を測りながら次のプランを構想していく。


 背後から迫る枢は既に攻撃態勢に入っているし、もうこれは避けられないだろう。

 芽衣もリアも警戒しながらも愛鈴を救助するために動いているだろうし、自分が攻撃を受けたタイミングで彼女を助けだすことが出来れば……と、考えていたたらばであったが――


『えっ!? な、なんでっ!?』


 ――その思惑を全て打ち砕く、予想外の出来事が彼女を襲った。


 枢が操るハンターが武器を振り上げ、それを自分の背中へと叩き付ける。ここまでは予想通り。

 予想外だったのは、その1発を受けた自分がそのままダウン状態へと移行してしまったことだ。


 無傷であり、1回は攻撃に耐えられるはずの自分が負傷状態を通り越してダウン状態になってしまったことに愕然とするたらば。

 枢は、そんな彼女へととても愉快気で陽気な声を出し、こんなことを言ってのけた。


『だから言ったじゃないか、たら姉。瓶を沢山割って、煙を吸い込んでいいのかって……! どうやらたら姉は、こいつの能力を甘く見てたみたいだね?』


『うっそ、まさか……!?』


 その言葉にはっとしたたらばが、改めて画面全体を確認して全ての情報を探る。

 そうすれば、左下に表示されている自分たちランナーの状態を示すアイコンの、自分のキャラクターの名前が書かれた部分の下に、赤く点滅するバーの表示があることに気が付いた。


 1から4戦目には、こんな表示はなかった。

 つまりこれは、このハンターが持つなんらかの能力による状態異常を示すものであり、自分が1発の攻撃でダウンしてしまったのもこれが原因だと気が付いたたらばへと、枢が詳しい解説を行う。


『こいつの煙瓶の能力は視界を奪うことと、移動速度低下のデバフをかけることだけじゃない。短い間に一定量の煙を吸い込んだ相手を、弱体状態にさせられるんだ。その状態の敵に攻撃を食らわせると……無傷であっても、1発でダウンさせられるんだよ』


『くあ~……っ! やられた~っ!! ごめんみんな、やらかしちゃったよ~!』


 倒れたたらばを抱え上げ、そのまま手近な檻へと放り込む枢。

 予想だにしていなかった高速での決着に唖然とする残り2人の同期の驚いた表情を想像した彼は、クククと喉を鳴らして笑ってからそんな彼女たちへと恐ろしい声で囁きかける。


『残り、2人……!! 今から探しに行くから、待ってろよ~……!』


―――――――――――――――


『スモーカー』


大火災によって死亡した多くの人々の魂が集合した怨念の塊とでもいうべき存在。

自らの肉体でもある煙を詰め込んだ瓶を利用し、それを吸い込んだ者に様々な悪影響を及ぼす。


瓶の数は初期状態で12本。(装備アイテムやパークによって増減する)

ステージ上に設置出来る瓶の数は最大6つまでで、それ以上はランナーが踏んで壊すまで新たに設置することは出来ない。


瓶がなくなったらリロードしなければならず、その間は移動速度が低下する上に移動以外の行動が不可能になる。


かなり扱いが難しいハンターではあるが、煙瓶を上手く使うことで一瞬で敵をダウンさせられる上、設置瓶の位置によっては相手の位置を掴むことも可能。


ステージ構造の把握。瓶の投擲技術。相手をかく乱するための動き。扱う者に要求するものは多いが、それを噛み合わせることが出来ればかなり強いハンターでもある。(使いこなせる人間がいるとは言ってない)


(枢が使いこなせているのは、純粋に性格とプレイ内容がハンターの能力とマッチしているのもあるだろうが、投げ込まれる瓶というものに非常に深い関わりがあるからだというのがリスナーたちの見解である)


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