蛇道枢、本気モード



『……というわけで最終戦が始まるけど、たらばは大丈夫? もう落ち着いた?』


『うん、なんとか……ごめんね、ゲームを台無しにしちゃってさ……』


『だ、大丈夫ですよ。むしろ花咲さんの意外な一面が見られて嬉しかったです』


『花咲さんにも苦手なものってあるんだな……』


 ステージの読み込み中、女性陣は先の試合とその中で見せたチェーンソーの音にビビり倒すたらばの姿を振り返りながら会話をしていた。

 下手をすれば放送事故にもなり得たかもしれない場面をどうにかして乗り切った一同が安堵する中、最もほっとしているたらばが思い出したように枢へと言葉を投げかける。


『枢くんも、ごめんね? 凄く無茶な試合をさせちゃって……』


『いや、いいんすよ。たら姉を虐めてまで勝とうとは思わなかったし……さっきの試合のお礼は、この勝負でさせてもらうからなぁ!!』


【いけ~! くるる~ん!】

【全滅期待してるぞ~っ!】

【芽衣ちゃんたちには悪いけど、この試合は枢を応援するわ! 頑張れよ!】


 復讐者らしく悪そうな雰囲気を醸し出している枢だが、割と正当な理由で同期たちを襲おうとしているせいか、リスナーたちは彼の方を応援しているようだ。

 完全に空気を味方に付けた彼は、ここまでに磨いたハンターとしての腕と、このゲームや同期たちのプレイに関する情報をフルに活用し、完全勝利を掴むための算段を整えている。


『……ね、念のために聞くけど、またチェーンソーのキャラは使ってないよね? あれで私を虐めて、確実に1人を堕とす……みたいな作戦は、枢くんはやらないよね?』


『安心してよ、たら姉。俺がそんな酷い作戦を使うわけないじゃないか。正々堂々、真っ向勝負でぶっ潰してあげるよ』


『ひぇっ……!?』


 本気マジだ。枢はこのゲーム、本気で自分たちを仕留めようとしている。

 ゲームの中の話であり、別に怒っているわけではないということも理解しているのだが、画面越しからでも感じ取れる彼の殺気に恐怖した芽衣は思わず悲鳴を上げ、身震いしてしまった。


『お、おっかなぇ……! もうわんつか優すくすてくれるど、ありがだぇんだげど……』


 芽衣と同様に枢が放つ殺気に怯え切っているリアが彼に震える声でそう頼み込む。

 だがしかし、彼と思う存分に殴り合える芸人枠の女こと愛鈴は、そんな枢の雰囲気など知ったことかといわんばかりに彼のことを煽り散らしていった。


『そうだなぁ! さっきの試合は私たちの完全勝利だったからなぁ! この勝負で私たちを全滅させて、ようやく五分ってところかぁ!?』


『さ、さっきの試合内容を誇れる愛鈴さん、ある意味すげえなぁ……!』


『し、知りませんよ? 枢くん、全力で愛鈴さんをりに来るんじゃないですか?』


『あっはっは~! 大丈夫、大丈夫! 私もこのゲームのことは理解したし、たらばももう動揺から立ち直ったしさあ! むしろまた枢の奴、手出し出来ずに2連敗って感じになるかもよ~!?』


 ガハハと大口を開けて笑う愛鈴だが、言うだけあってゲーム序盤の立ち回りは中々に手堅いものを披露している。

 身を潜めながらステージの特徴や障害物を確認し、逃げるルートを考え、その上で発電機を探すという定石ともいえる動きを見せている彼女は、確かにこのゲームのことを理解しつつあるようだ。


 そうやってひそひそと動き回った愛鈴は、すぐ近くの位置で見つけた発電機に接近すると共に、上機嫌な口調で枢を煽り続けていった。


『ほらほら~! もう発電機回してるぞ~! 早く来ないと、修理が終わっちゃうぞ~!』


『愛鈴ちゃん、流石にそれは煽り過ぎなんじゃ……?』


 最早、どっちが悪役かわからないムーブを披露する愛鈴に対して、たらばが若干引き気味になりながら苦言を呈する。

 これが切っ掛けでまた変な感じに炎上が起きたら嫌だな……と、生き生きとはしているが綱渡り気味な雰囲気もある彼女の言動に不安を感じるたらばであったが、実際のところ、愛鈴の動きは結構いいアシストになっているようだ。


 無論、このまま何事もなく愛鈴が脱出してしまったら、多少は荒れる展開になるかもしれない。

 だがしかし、本気モードに突入したあの男が、ここまで調子に乗っている彼女を放置することなどあり得なくて――


『いや~、誰もまだ枢と遭遇してないでしょ? 私、そろそろ発電機の修理終わっちゃうよ~!』


 ほくほく顔で自身の修理状況を報告する愛鈴。

 未だに姿を見せない枢を警戒するでもなく、余裕たっぷりにタスクを終わらせようとする彼女であったが……その身に、悲劇という名の天罰が降りかかる。


『……ん? なんか今、変な音がしたような……?』


 突如としてガチャン! という何かが割れるような音を耳にした愛鈴がPC画面の前で顔を顰める。

 まあ、そんな音が聞こえただけで枢の姿が影も形も見えないし、気にし過ぎかと流そうとした彼女であったが……自身の周囲にもうもうと黒煙が渦巻いていることに気が付き、素っ頓狂な悲鳴を上げた。


『でぇっ!? な、なにこれ!? ちょ、煙い! 周りの状況が見えない!!』


 明らかな異常事態に驚き、ゲホゲホと咳き込むキャラクターを操作して黒煙の範囲外へと逃れようとする愛鈴。

 煙のせいで視界が悪くなっている上に何らかのデバフも働いているのか、通常よりも緩慢な動きで窓枠を超えて煙の範囲外へと逃れた彼女が取り合えず一安心……と安堵の溜息を吐いた、その時。


『よお、待ってたぞ』


『ぎゃああああああっ!?』


 ガツン、と衝撃が走り、血しぶきが画面上に飛び散る。

 窓の向こう側で待ち受けていた枢から伸びに伸びた鼻を思い切りへし折られた愛鈴が可愛らしさの欠片もない悲鳴を上げる中、狂気の笑みを浮かべた枢がパーティーの始まりを宣言した。


『さあ、仕込みは終わった……! ここからは狩りの時間だ!!』

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