追及は、ここまでにしよう


『凄く……変な感情を抱えていたんだと思います。羊坂さんが言うように、私は同期のみんなをどこか見下してるところがあって、だけど段々とそれが嫉妬の感情に変化していったように思えるんです。最初からみんなのことを凄いって認めることが出来ていれば、こんなことにはならなかったんだと、そう思っています』


『じゃあ、今はどうなんですか? そういった悪感情を取り除いて、私たちのことを認めることが出来ていると、そう仰るんですか? こんな唐突に、そう思えるようになったと?』


『……はい。信じてもらえないかもしれないけど、本当です。この1週間という時間で色んな事を考えて……意識が大きく変わったと思います。その切っ掛けをくれたのは、病院での羊坂さんと蛇道さんの会話でした』


『………』


 自分と零との会話を意識の変革の理由として挙げた天のことを、有栖が画面越しに睨む。

 その言葉に嘘はないか、ただのパフォーマンスではないかを見極めるように鋭い視線を向ける彼女は、ただ黙って天の話に耳を傾けていった。


『2人の話を聞いて、思ったんです。私は今まで、本当に上っ面だけの活動をしてきたんだなって……いい部分だけ見せようと自分を取り繕って、ファンの皆さんにも同期の仲間たちにも本当の自分というものを見せることはしませんでした。そんな私にが宿るわけがなくて、本気を感じさせない姿ばかりを見せる私が、誰かから応援されるようになるだなんて、夢のまた夢だったんだってことにそこで初めて気が付きました』


 あの日に感じた想いを言葉としてファンや有栖に伝える天は、真剣に彼らと向き合おうとしていた。

 この1週間、反省と後悔の日々を送った末に得た答えを言葉として紡ぎ、自分の意思を必死に彼らへと伝えていく。


『生半可な想いでVtuberをやってたとか、そういうつもりはないんです。ただやっぱり私は周りの目を気にし過ぎていて、年齢やこれまでの経験とかを踏まえて、2期生のみんなより上でなきゃいけないっていう焦りのような上から目線の感情を抱いていました。なんていうか、ずっと……みんなのことを敵だと思ってた。ファンを奪い合うライバルみたいに考えて、こいつらには負けられない、負けちゃいけないっていう必死さが元来のプライドの高さと合わさって、酷いことになったんだと思います』


『……それで? 今は、どう思ってるんですか?』


『同期のみんなは、私が持っていないものを沢山持っている凄い人たちなんだって思えるようになりました。というより、私が人として持っていなきゃいけないものを全く持ち合わせていないってことに気が付いたって言った方が正しいかもしれません。こんな大騒動を引き起こして迷惑を掛けた私の相談に乗ってくれた花咲さんや、自分自身の殻を破って再出発を果たしたリアさんの姿を見て、自分がどれだけちっぽけな人間かってことに気が付いたんです。Vtuberとしてとかそれ以前に、私は人として変わらなくてはいけない。この1週間でみんなのことを見続けて、そう思うようになりました。私も皆さんのように……自分の弱さを受け入れて、誰かのために力を貸せる存在になりたいって、そう思っています』


『……変わるって、その方法は? これからどうやってそんな風になるつもりなんですか?』


『それは……すいません。まだ具体的な方法というのはわかっていません。ただ、ここで2期生のみんなと話し合って、駄目な部分を教えてもらって、改めて信頼関係を結び直すことから始めようって……ずっと敵だとか、嫉妬の対象としてしか見ていなかったみんなとの関係性を考え直して、仲間として受け入れてもらえるようになることをその第一歩として考えています』


 確かにこの公開説教は、天の変わろうとしている想いの表れといえるかもしれない。

 何度も指摘されているようにプライドが高いであろう彼女が、嫉妬あるいは見下しの対象として見てきた同期たちに大勢の人たちの前で駄目な部分を指導されるというのは、本来ならばあり得ない程の屈辱であるはずだ。


 それを自ら進んで受け入れ、同期たちに許しを請いながら関係性の再構築を望んでいる時点で、彼女が変わろうとしていることは何となく感じ取ることは出来る。

 そして、この企画を同期である花咲たらばや事務所の人間と相談して決めたということは、彼女が自らの弱さを曝け出せるようになった証明に他ならないだろう。


『……芽衣ちゃんの怒る気持ちはわかるよ。でも、愛鈴ちゃんもいっぱい反省して、これまで言わなかったことを沢山私たちに話してくれるようになった。愛鈴ちゃんは変わろうとしてる。今すぐに全てを許してあげてとは言えないけど、その部分だけは認めてあげてほしいさ』


 この1週間の天の苦悩を知る沙織が、彼女をフォローするための言葉を吐く。

 きっと、有栖も自分がこうすることを望んでいるだろうと確信しながら彼女と相対する立場に立った沙織は、静かな怒りを見せる有栖が貫く無言の重圧に耐えながら反応を待った。


 空気は重いが、リスナーたちも愛鈴の覚悟と本気の謝罪の気持ちというものを感じ取ることが出来ているようだ。

 配信開始直後の剥き出しの憎悪を叩き付けるような引退要請や暴言コメントは消滅し、完全に許すことは出来ないが今後を見守っていきたいという意見が数多く見受けられるようになっている。


 後は、有栖が天をどうするか、という1点に話は集約される。

 リスナーたちの気持ちを代弁する形となった彼女が天を許すかどうかで、ファンたちの反応もまた変わってくるのだろう。


 ただ、彼女がここですんなりと天を許すわけにはいかないということは誰もがわかっている。

 この場は納得するという形での仮初の和解を果たし、今後の活動を通して判断を下すというのがベターな選択だろうと、誰もが心のどこかで思っていた。


 その場合、この場はある程度丸くは収まるが、今後愛鈴と羊坂芽衣が絡む際にはファンたちからの注目を浴び、両者の間には妙な緊張感が漂い続けることになるだろう。

 有栖はそれを承知で嫌われ役というか、天への追及役を担ったのであろうが、やはり周囲の人間からすると申し訳ない感情が勝っていた。


 少しささくれ立っている2期生の関係性や心をもう少しだけでも穏やかにさせる方法はなかったのだろうか? 自分がもう少し上手くやっていれば、天と有栖の距離が縮まっていたのだろうか?

 この過激な配信の決行に一枚噛んでいる沙織が、その状態で年下の少女に憎まれ役を押し付けてしまったことを後悔していると……。

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