叔母と、甥


「そんな暗い顔しないでくださいよ。俺、薫子さんには本気で感謝してるんすから?」


 零が目を覚ましてからそれなりの時間が過ぎて、医師との会話や改めての診断が終わり、その日の面会時間が可能な時間もそろそろ終わりを迎えようとしている頃、彼と病室で2人切りになっている薫子は、零からそんな言葉を投げかけられた。


「……社員であり、甥でもあるあんたからフォローされちゃ、本気で私の立場がないねえ」


「フォローなんかじゃないさ。もう1回言うけど、本気で感謝してるんすよ?」


 自分の不始末のせいで零に負担をかけ、彼を追い込んでしまったことへに罪悪感を感じていた薫子は、自嘲気味に彼からの言葉に応えた。

 対して零は、からからと笑いながら明るい口調で話を続けていく。


「家族から追い出されて、行くあてもなかった俺を拾って、居場所を作ってくれたこともそうだけど……今となっては、有栖さんや喜屋武さんに出会わせてくれたことにも感謝してる。なんつーか、あの人たちに出会って俺も人らしくなれたっていうか、大切な人たちが出来たって感じがするんすよ」


「叔母としてはそう言ってもらえることは嬉しいがね、事務所の責任者としては、所属タレントを過労でぶっ倒れるまで働かせちまった現状を後悔せざるを得ないわけだ。本当に、申し訳ないことをしたよ」


「別に気にしてないっすよ。それに、事務所側が介入すると余計にこじれそうな部分もありましたし、2期生内で解決出来るっていう信頼があったからこそああしたんでしょう? 今回は、俺が色々とキャパ超えてでもやっちまったからこうなったわけであって、薫子さんがそこまで責任を感じる必要はないですって」


 そう、零から励ましの言葉を送られても、薫子の心が晴れやかになることはない。

 いつまでもこうして凹んでいるわけにもいかないが、一歩間違えれば取り返しのつかない事態を招いていたかもしれない自身の判断ミスを悔やんでいる彼女へと、零が間を空けた後にこう言った。


「……俺も薫子さんも、まだまだってことっすかね? 学ばなきゃいけないこと、沢山ありそうだ」


「ああ、そうだね……その通りだ。学ばなくちゃならないこと、変えなくちゃならない部分。そんなもんは山ほどある。失敗して立ち止まってる時間はない。その失敗を次に活かす術を考えるべきだ」


 自分の中の迷いを振り切るように呟いた薫子は、顔の前で組んだ両手にぐっと力を込めて握り締めた。

 この失敗を無駄にしないためにも、自分にはすべきことがあるだろうと……そう、自分に言い聞かせた彼女は、軽く溜息を吐いてから甥へと口を開く。


「零……私も、かつてあんたに言ったことを変えるつもりはない。【CRE8】は全力で今日を生きる人間を応援し、そいつらの明日を創り出すための活動を行う場所。お前が誰かの夢を守りたいっていう夢を持ったのなら、私はそれを応援する。そして、誰かの夢を守るあんたのことを守るのは、保護者であり会社の責任者である私の役目だ。今回は、その責任を果たすことが出来なかった。本当にすまない、零」


「………」


 薫子の謝罪と決意表明を、零は黙って聞き続ける。

 これが彼女が自分自身の心に踏ん切りをつけるために行っていることだと理解している彼は、ただ黙って薫子へと頷き、理解と肯定の意を示してみせた。


「……今は体を休めて、疲れを取ってくれ。天の炎上については、私たちがなんとかする。私も、有栖も、ファンたちも、これ以上無理をするお前の姿を見たくはないんだ」


「ええ、わかってます。言われた通りにさせてもらいますよ。ただ――」


 今は休めという薫子の言葉にも頷き、彼女からの指示に従うことを告げる零であったが、1つだけ何か条件を付けようとしているようだ。

 その条件を聞き、僅かに目を見開いた薫子は、すぐに元の表情に戻ると口を開く。


「……ああ、わかったよ。だから今はゆっくり休んでくれ。お前が想う、大切な人たちを信じて、な」

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