帰り道、スイと薫子



 そう、零と約束を交わしてから病室を出た薫子は、そこで待っていたスイと目を合わせて小さく頷いた。

 待たせて悪かったな、という謝罪の意味を込めた会釈のような頷きを受けたスイもまた同じように頭を下げ、そのまま2人は駐車場に向かって歩いていく。


 慌ただしくもなく、医師と入院患者の姿がちらほらと見受けられるだけの病院内を無言で歩む中、薫子はスイが何かを言おうとしていることを感じ取っていた。

 有栖も、沙織も天も帰宅した中、彼女たちと共に病院を去らずに自分を待っていたのには何か理由があるはずだと、そう考えた薫子はスイが話を切り出す時を待ち続ける。


 駐車場に辿り着き、車に乗って、それが発車し……静かなエンジン音だけが聞こえる2人切りの車内にて、信号待ちのために薫子が車を止めた時、その瞬間が訪れた。


「……今日、配信してもいいでしょうか?」


 僅かに震えた声で、そう薫子へと質問するスイ。

 信号が青に変わり、前の車が走り出す様を目にした薫子はアクセルを踏みながら、彼女の質問に対して質問を重ねる。


「今、あんたには悪い意味で注目が集まってることはわかってるだろう? それを承知の上で、ソロ配信をするっていうのかい?」


「……はい」


「何をするんだい? まさか、この状況でいつも通りに歌を歌うってわけじゃあないよね?」


「……ちゃんと、話をしようと思います。上手く伝えられるかはわからないけど、そうしたいんです」


「……そっか」


 あまり多くを語らずとも、スイが何をしたいのかは理解することが出来た。

 ハンドルを切り、遠出している彼女の仮住まいとなっている家に向かいながら、薫子が最初に投げかけられた質問に答える。


「あんたの好きにしな、スイ。何か不安なことがあったら、すぐに相談するんだよ。色んな反応があるだろうが、これは事務所が許可を出して行った配信だ。火消しのためだとかそんなんじゃなく、自分のしたいことをするんだよ」


「……はい。ありがとうございます」


 短いその感謝の言葉からは、スイの秘めたる覚悟を感じ取ることが出来た。

 自分自身の選択の末に進むべき道を決め、その先へと歩む決意をした彼女のことを、薫子は黙って見守る。


 今度こそは、後悔のない行動を取ろう。

 自分と同じようにスイも零との会話で得た学びを糧に前に進もうとしているのだと、きっと同じような決意を固めたのであろうと、少しだけ変わった彼女の横顔を見ながら思った薫子は、そんなスイのことを手助けし、守るための体制を整えるべく、行動を開始するのであった。


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