目を覚ましても、変わらない


「ぅ、ん……」


「っっ……!?」


 小さくも確かに聞こえた呻き声にはっとした有栖が顔を上げ、零の顔を見やる。

 ぴくり、と動いた目蓋がゆっくりと開いていく様を目にした彼女が息を飲む中、目を覚ました零は少し寝惚けているような雰囲気のままぱちくりと瞬きを繰り返していた。


「零、く――!!」


「ん……? あぁ……」


 じわじわと、零が目を覚ましてくれたという喜びの感情が驚きを塗り潰していく。

 安堵と歓喜が胸いっぱいに満ちていくことを感じた有栖が、この喜ばしいニュースを仲間たちに知らせなくてはと立ち上がろうとした時、上半身を起き上がらせた零が大きな溜息を吐いてから言った。


「うっわ……やっちまったぁ……!! え? 今、何時よ?」


「えっ……?」


「え~っと……12時ぃ? この感じからするに、丸1日はぶっ倒れてたみたいだし……え、もしかして俺、それ以上眠ってたりした?」


 ちょっと寝坊して、仕事に遅れてしまった程度の軽い雰囲気で話しかけてくる零の姿に、有栖の口から小さな呟きが漏れる。

 過労で意識を失い、今の今まで眠り続けていた人間とは思えない零の様子を目の当たりにした有栖は、綻ばせていた表情を隠すように俯くと、彼へと問いかけを発した。


「……零くん、今まで自分がどうなってたかわかってるの? 今の自分の状態とか、本当に理解出来てる?」


「え? いや、まあ……秤屋さんの家に行って、そこでぶっ倒れたってことはわかってるんだよ。そのせいで色んな人に迷惑かけちゃってるだろうし、さっさとその埋め合わせをしないと――」


 有栖の質問に答えていた零の言葉は、そこで不意に途切れた。

 目の前に立つ彼女が、俯いたままの有栖が、その小さな手を握り締めて自分が座っているベッドに拳を振り下ろしたからだ。


 吸収性の高い布団の上からであったし、そもそも有栖の力自体が弱かったためにそこまで衝撃というものは伝わらなかったが、その動作を目の当たりにした零は、彼女が心の底から怒っていることが理解出来た。

 その考えを肯定するように、自身の感情を爆発させるように、顔を上げた有栖は喜びでも哀しみでもなく、怒りの涙を流しながら零目掛けて大きな声で叫ぶ。


「なんで……っ! そこまでわかってるなら、そんな風に振る舞えるの!? なんでまた、自分より他人のことを優先するの!? 自分のことを後回しにして、無理し続けたから倒れたってことを理解してる!? 私言ったよね? もっと自分のことを大切にしてって!!」


「あ、有栖さん、その……」


「……心配したんだよ? このまま目を覚まさなかったらどうしようって。万が一のことがあったらどうしようって、零くんが眠ってる間、ずっとずっと心配してたんだから……!! それなのに、零くん自身が自分のことを大事にしないなんて駄目だよ……!」


 ひっく、ひっくとしゃくり上げ、感情の制御を忘れて泣き叫ぶ有栖。

 だが、彼女の叫びには怒りより哀しみより、零への強い想いが込められている。


 こうして自分に付き添ってくれていたことからも、彼女が自分のことを心配してくれていたのだということを理解した零は、ぼろぼろと子供のように泣きじゃくる有栖の姿に申し訳なさを感じて視線を逸らした。

 そして、すぐに視線を戻すと、軽く頭を下げながら、今度は真摯な態度で彼女へと告げる。


「……ごめん。全部、有栖さんの言う通りだ。心配させて、本当にごめん」


「う、ぐすっ、ひっく……うわぁぁぁっ! あぁぁぁぁっ!!」


 零からの謝罪を受けた有栖が、一際大きな声を上げて泣きじゃくる。

 そのまま、彼の胸に涙を流す顔を押し付けるようにして飛び込んだ彼女の頭を、零は優しく撫でて慰めるのであった。


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