眠る零、見守る有栖
「零くん……」
静かに寝息を立てたまま、未だに目を覚ます様子のない零の名を呼ぶ有栖。
普段ならばか細く震えるその声に応えてくれるはずの彼が眠り続けている姿にぐっと拳を握り締めた彼女は、溢れそうになる涙を堪えながら口を開く。
「だから、無理しないでって言ったのに……! 自分のことを気遣ってよって、そう言ったのに……!」
数日前の会話と、その際に零が言っていたことを思い返した有栖が苦し気な声を漏らす。
あの時、もっと強く零を諫めていればこんなことにはならなかったかもしれないと、無理をしていたであろう彼のオーバーワークを止められる機会を逃してしまったことを強く悔やんだ彼女は、その気持ちと共に自らを省みない彼の行動に対しての怒りのようなものも感じていた。
既に丸1日以上の時間が過ぎているが、零はまだ眠ったままだ。
医師は命に別状はないと言っていたが、同時にいつ零が目を覚ますのかはわからないとも言っていた。
それほどまでにVtuber活動や2期生コラボのために奔走していた肉体の疲れと、お馴染みとなった炎上の対処や同期たちのフォローによって蓄積された心労が零を蝕んでいたということなのだろう。
いつぞやとは真逆の立場になった有栖は、瞳を閉じたままベッドの上に横たわる零の姿を見つめ、ぽつりと呟いた。
「私のせい、なのかな……? 私が零くんに助けてもらったから、零くんがそういうポジションの人だって思われるようになっちゃったのかな……?」
零が炎上が起きた人間のフォロー役としての立場に就いているとファンたちから認知されるようになった原因は、元を正していけば自分にあるのではないか?
アルパ・マリが引き起こした騒動に巻き込まれた有栖を救うために尽力し、その事件を見事に解決した結果、彼がメイン盾として周囲から見られるようになってしまったのではないだろうか?
考えてみれば、今の今まで自分は零に助けられっぱなしで、1度だって彼に恩を返せたことはない。
助けられっぱなしの自分が彼に依存していると思われるのも当然の話で、それに関しては有栖も言い返すことは出来なかった。
そう考えるならば……零が今、無理が祟って倒れた原因は、自分にあるのではないだろうか?
彼に無理をさせるようになった最大の原因は、過去から今まで続く自分の甘えだったのではないだろうか?
自分がもっと早くに強くなれていれば、零の手を借りずとも色んな問題を乗り越えられるようになっていれば、こんなことにはなっていなかったかもしれない。
そんな風に弱い自分自身を責める有栖であったが……それと共に、また別の感情が湧き上がっていることも感じていた。
「零くん、私ね……秤屋さんと三瓶さんのこと、どうすればいいんだかわからないんだ。2人のことをどうやったら許せるか、わからないんだよ……」
苦し気な感情を滲ませる声で、有栖が零へと胸の内の迷いを告げる。
わなわなと握り締めた拳を震わせながら、瞳から涙を溢れさせながら、彼女は眠ったままの零へと話し続けていった。
「全部が全部、2人のせいじゃないってことはわかってる。責任の一端は私にもあるって、そう頭では理解してるの。でも、でもさ……! 三瓶さんがもっと頑張っていてくれていれば、秤屋さんがあんな失敗さえしなければ、こんなことにはならなかったって、そう思っちゃうんだよ……!! 今まで通り、私と零くんと喜屋武さんの3人で仲良くしていれば、何も問題はなかったんじゃないかって……そう、思っちゃうんだ……!」
それが問題の棚上げであることは有栖だって理解していた。
だが、それでも……平和で楽しかった、少し前の配信や活動に思いを馳せるとそう思わざるを得ないのだ。
若干の焦げ臭さはあっても、男女コラボに関する否定的な意見が寄せられたりはしても、それが零を深くまで追い詰めるようなことはなかった。
炎上したスイのフォローのために駆け回ることがなければ、天が暴言コメントさえ投稿していなければ、こんなことにはならなかったはずだ、と……零が倒れる要因を作った2人に対して、有栖は怒りと憎しみを抱いてしまっている。
そしてなにより彼女が恐ろしいと思っているのは、恩人であるはずの薫子にも同じような感情を抱いてしまっていることだった。
薫子がスイのフォローを零に依頼しなければ、天のストレスや零の体調に気を配ってさえいてくれれば、こんな事態は避けられたかもしれないと、責任者である彼女に対しての不信感や不満を募らせている自分がいることに恐怖した有栖は、必死にその感情を押し殺そうとしている。
わかっている、この問題は零も含めた2期生全員や、【CRE8】全体の問題であるということは。
有栖自身にだって少なからず責任はあるし、大元の源流を作ってしまった自分が誰かを責めることなんてお門違いだということは。
今もこうして、倒れている零に自分の胸の内にある不安を相談したいという思いを止められないでいることがその証拠だと、自分自身の弱さを自覚している有栖が頬を伝う涙を拭う。
「目を覚ましてよ、零くん……! こんなこと考えてる私のこと、怒ってよ……!!」
ただ純粋に零に目を覚ましてほしいという想いと、自分の心に渦巻く不安を解消してほしいという甘えが混在している有栖の感情が言葉となって彼女の口から溢れる。
こんな状況でさえ零に頼りたいというエゴを捨てられない自身の醜さに鋭い痛みを感じる有栖が、大きく肩を震わせて慟哭したその時だった。
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