誰でもいいから、見つけてよ
ヒステリックに吼えた天が涙を浮かべた両目で零たちを睨む。
感情の制御が出来なくなっている彼女は、ぐちゃぐちゃになっている胸の内の苦しみを全て吐き出すようにして叫び続けた。
「そりゃああんたたちにはこんな私を気遣う余裕があるでしょうよ! 新規ながらも有名な事務所に入って、周囲の期待に応えて、チャンネル登録者数も伸ばして、ファンも増やしてさ! 凄い、凄いって色んな人たちから言われて、認められてさぁ……!! 私みたいな底辺Vtuberを哀れんであげられるくらい、心に余裕があるんでしょうよ!」
「底辺だなんて、そんなこと――」
「そこまでは思ってなくても、私の方が下だっていう意識はあるでしょう!? 1ミリもそんなこと考えてないだなんて、そんなわけないじゃない!」
その悲痛な叫びに、励ましと訂正の言葉を口にしようとしていた沙織が口を閉ざした。
天が自分自身の内側にある感情を曝け出す様をただ見つめる2人がその姿から彼女の想いや悩みを読み取ろうとする中、急にトーンダウンした天がすすり泣くような声でこう呟く。
「……なにが違うのよ? あんたたちと私の、なにが違うの? 同じように頑張って、活動に打ち込んで、真剣にやってるのに、どうしてあんたたちは認められて、私は駄目だって言われ続けるの……?」
「……まだ、デビューして数か月じゃない。長く活動していけば、絶対に天ちゃんの努力は認められるよ。だから――!」
「違う、違う……そうじゃない。私はずっとそうだった。なにをやっても、どんなに頑張っても、何も実ることなんてなかった……!」
俯き、搾り出すようにして言葉を発して、天が小さな両手で顔を覆う。
過去の苦しみを、辛い経験を、思い返した彼女の声は怒りから哀しみの色に染まっていき、それを耳にする零たちの心を深く衝いた。
「声優を目指して頑張ってる時からそうだった。どんなに努力しても、工夫しても、ずっとずっと……それが報われることなんてなかった。オーディションも受からない、貰うアドバイスはいまいち何かが足りない、そんなのばっかり……!! Vtuberになってもそう。ファンたちからは影が薄い2番手の女呼ばわりされる。事務所を代表する先輩からは問題外扱いされる。なんでよ? どうしてよ? 私の何が悪いの? 何が足りないっていうのよ?」
「天、ちゃん……」
……過去の経験にトラウマがあるのは、スイだけではなかった。
彼女がかつて自身の訛りを嗤われたことで心に深い傷を負ったように、天もまた自分に付き纏っていた努力しても何かが足りないと言われ続けることへの苦しみを背負い続けていたのだ。
そのコンプレックスを払拭するために、自分自身の夢の成就のために、彼女はずっと戦い、努力し続けてきたのだろう。
だが、ここ数週間の出来事によってその心の傷を刺激され続けた彼女は、遂に心のバランスを崩してしまい、こんな事件が起きてしまった。
「……わかってる。声優もVtuberも、努力したからって報われるわけじゃないってことくらい。世の中は結果が全てで、努力なんてして当たり前のことだってこともわかってるよ。でも、でもさ……私、頑張ったんだよ? ここまで大した炎上もしてなかった。我儘も言わなかった。一生懸命企画を考えて、観てくれるみんなを楽しませるために頑張って、きらきらのアイドルを演じ続けたんだよ? なのに、なのに……どうして炎上してばっかりのあんたが認められるの? どうしてあんたにおんぶにだっこされてるだけの高校生が認められるの? どうして、どうして……みんなは、私を空っぽだって言うの?」
現実が持つ重みも、自分が抱く理想が甘っちょろいものであることも、天は理解していた。
だが、しかし……それを頭で理解していたとしても、心が受け入れられるかは別問題だ。
リスナーを失望させないように、ファンたちを裏切らないように、天は一生懸命に理想のアイドルを演じ、そのための努力を欠かさなかった。
それなのにどうして、炎上し続けた蛇道枢や羊坂芽衣、花咲たらばは多くのファンたちから支持されている? どうして自分では何もしなかったリア・アクエリアスが周囲から認められ、祝福されている?
どうして努力して、頑張って、ここまで走り続けた自分は、誰からも認めてもらえないのだ?
「才能なの? 立ち回りなの? 運なの? 何が原因なの? 私の何が悪いの? わかんない、もうわかんないよ……! ずっと苦しいまんまで、ずっと誰かの下位互換だって言われ続けて……でも、そんな言葉に何も言い返せないのが辛いんだよ……!!」
理解していた、同期たちが自分が持ち合わせていない何かを持っていることは。
零たちは輝いていて、自分だけがくすんでいて、同類だったはずのスイですらも徐々に輝きを見せ始めたことが面白くなくて、辛くて、苦しくて……醜い嫉妬の感情を抱いてしまった自分自身がこの炎上を巻き起こしたのだということはわかっている。
だが、それでも……答えの出ない袋小路でずっと苦しみ続けた過去と今を持つ天は、こう叫ばざるを得ないのだ。
「お願いだから、誰か言ってよ……! 私は空っぽじゃないって、そう言ってよ! 誰でもいいから、たった1人だけでもいいから……今、ここにいる私のことを、見つけてよ……!!」
影が薄い。地味。2番目の女。没個性アイドル。無能ではないが有能でもない。
それら全ての評価が、言葉が、天の耳にはこう聞こえている。
「お前は空虚で空っぽな存在だ」と……。
そうじゃないと言い返したくとも、自分には自慢出来る実績がない。
自分は零のように頼りになる存在ではなく、沙織のように才能と努力を持ち合わせた人間でもなく、有栖のような素直な可愛らしさもなく、スイのような強い武器もない。
自分自身の現状と過去を振り返る度に、天は自分が空っぽであるという意見を跳ね除けることが出来なくなっているのだ。
自分には何もないと……そのことを誰よりも自分自身が自覚してしまっているが故の苦しみに心を引き裂かれるような痛みを感じる天が肩を震わせて涙を流す。
そんな彼女になんと言葉をかければいいのかがわからず、押し黙ってしまう沙織であったが、零の方はそれとは真逆に力強い声で彼女へとこう述べた。
「わかりますよ、その気持ち。痛いほど理解出来ます」
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