わかる?わからない?
天の家の住所は、沙織が知っていた。
事前に本人から話を聞いていたと述べる彼女と共に天の家へと向かった零は、数度呼び鈴を鳴らしても中から反応がないことを確かめた後に、不用心にも鍵が掛かっていなかった玄関の扉を開けて内部へと足を踏み入れる。
このシチュエーションには覚えがあるなと思いつつ、梨子の家にも負けないくらいにごみが散乱している家の中の光景を目にしつつ、沙織と共に家の奥へと進んでいった零は、扉を1つ開けた先にあった部屋の中で天を発見した。
床に座り込んだ状態でこちらに背を向け、微動だにしていない彼女の姿に息を飲む零。
ここからどう動くべきか……と悩む彼であったが、会話の始まりは相手側からもたらされた。
「……何の用? 社長から言われて、契約解除の報せでも持って来た?」
「そんなんじゃないよ。天ちゃんのことが心配で、様子を見に来たんだよ」
自嘲気味に、ヤケクソ気味に、乱雑な言葉遣いでの一言を放った天へと沙織が答えを返す。
まずは彼女にこの場を任せようと判断し、押し黙る零の隣で、沙織は懸命に天へと言葉を投げかけ続けた。
「薫子さんも天ちゃんのことを心配してるよ。連絡しても出てくれないって、不安そうだった」
「そう……まあ、馬鹿やって炎上した張本人がバックレたら、そりゃあ不安にもなるでしょうね。私に責任を取らせないと、ファンも納得しないでしょうしさ」
「そういうんじゃないって! 確かに今回の件に関して、天ちゃんはお咎めなしってことはないと思うさ~。でも、クビにするつもりはないって、そうも言ってたよ」
「クビにならないからって、それがどうしたっていうの? 結局、ファンたちが納得しなきゃ、引退してもしなくても同じような結果になるだけじゃない。今は【CRE8】のファンたちが全員、私の敵に回ってる。こんな状況で契約解除されなかったからって、それを素直に喜べるわけないじゃない」
「確かに天ちゃんは沢山の人を怒らせちゃったと思うさ~。でも、みんながみんな敵になったってわけじゃない。私も、零くんも、有栖ちゃんやスイちゃんだって、天ちゃんのことを気に掛けてるよ。それに、『LOVE♡FAN』のみんなも心配してくれてるって」
やさぐれた雰囲気の天は、こちらに背を向けたまま、自分自身や現状を皮肉った言葉ばかりを口にしている。
沙織は、そんな彼女へと励ましの言葉を投げかけ続け、なんとか前を向かせようとしていた。
「天ちゃん、落ち着いてみんなと話し合おうよ。一生懸命謝れば、きっとファンのみんなもわかってくれるはずさ~! 天ちゃんが本心からあんなことを言うような人じゃないってこと、みんなもわかってるはずだから……!!」
「……わかる? 私のことを? あんたたちが、私の何を理解してるっていうの?」
「天ちゃんが人一倍努力していて、それでも結果が出ないことに思い悩んでたことはわかってるさ~。そのせいであんなコメントを投稿しちゃっただけで、本当にあなたがそう思ってたわけじゃないってことは――」
天が苦しんでいた姿を、悩んでいたことを、傍で見続けて、理解していた沙織がそう語る。
彼女が辛い思いをしている時に手を差し伸べられなかったことへの後悔を滲ませながら語る彼女の言葉は、ダンッという大きな音によって遮られてしまった。
「……思い悩んでた? 本当のあなたはそんなことを思ってたわけじゃない? ……言うだけなら簡単よね。容易にそんなことは想像出来るし、綺麗事なら誰だって口に出来る。でも、その全てを本当に理解出来てるとでも思ってるの?」
握り締めた拳をテーブルへと叩き付け、沙織の話を中断させた天がゆっくりと立ち上がる。
そうした後で振り返った彼女は……様々な感情が込められた涙を両目から溢れさせながら、微動だにしなかったこれまでの姿とは打って変わった感情的な姿を曝け出しながら、自分を見つめる2人の同期に向けて、叫んだ。
「わかるわけないじゃない、あんたたちなんかに……! 私の気持ちがわかるわけないじゃない!!」
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