夕方に、ちょっと考える
「ふぅ……まあ、こんな感じか」
その日の夕方、作業を片付けた零は大きく伸びをすると、この後に控えているスイとの打ち合わせまでの僅かな休憩時間を取り始めた。
今日は彼女とコラボ配信をするわけではないが、個人での配信は行う予定だし、何より明日には大事な2期生コラボに関する会議が行われる予定だ。
前回のようなギスギスとした空気にしないためにも、改めてスイに話をしておかなくてはな……と考える零は、まるで彼女の母親になったかのような自分自身の行動に苦笑を浮かべる。
こうして他人の面倒を見ることも当たり前のようになってきたことを振り返った彼であったが、それと同時に自分だけではどうしたってこの問題を解決出来ないということにも気が付いていた。
「血肉、熱、魂ねぇ……」
今日、玲央から話を聞いて、改めてスイが抱えている問題を認識した零が呟きを漏らす。
状況や周囲の環境が問題なのではなく、他の誰でもないスイの心構えといった部分に原因がある彼女の問題については、零がどれだけ手を尽くしても何もかもが解決出来るわけではない。
最終的にはスイ自身が自分と向き合い、しっかりとリア・アクエリアスという存在に魂を吹き込まなければ意味がないのだと……結局、蛇道枢とのコラボで回復した好感度も、彼女が元通りの活動方針を取ってしまえば再び地に落ちるだけだということを理解している零は、自分自身の無力さに大きな溜息を吐き、言った。
「悪い子じゃあないんだよな。素直だし、一生懸命だし、才能だってある。ただ……」
スイは良くも悪くも純粋な少女なのだと零は思った。
他人からの助言に耳を貸すだけの素直さはあるが、それと同時に他人からの評価を気にし過ぎている部分もある。
訛りを笑われた過去をトラウマにしている気持ちはわかるが、それを恐れるあまり問題を先送りにしてしまっていては根本的な意味でその過去を乗り越えることは出来ないのではないかと考える零であったが、そもそもスイにはその過去を乗り越えようとする気がないことを何となく悟ってもいた。
転生という意味では、スイのしていることが最もしっくりくるのかもしれない。
三瓶スイという人間から自身が醜いと思っている部分を削ぎ落し、美しい部分だけを抽出した存在としてリア・アクエリアスというキャラクターを作り上げようとしている彼女のやっていることは、正しいとは言い切れないものの間違いでもないはずだ。
だが……そうやって作り上げた理想の自分のガワを纏い続けたとして、スイはそれと本当の自分との差に苦しんだりはしないのだろうか?
別に零は彼女の訛りを醜いものだとも、恥ずべき欠点だとも思っていない。むしろそれは武器になるものだと思っているし、曝け出したとしても何ら問題がないのではないかとも考えている。
しかし、それはあくまで零の考えであって、スイの考えではない。
彼女が本当の自分自身を恥じ、欠点だと考えている限り、本当の彼女が表に出ることはないのだろう。
と、そこまで考えた零は、もしかしたら同じことを天も考えているのではないかと思う。
何が原因かはわからないが、天もまたスイと同じように自分自身を魅力的に思っていないからこそ、必死に魅力のある少女として愛鈴というキャラクターを演じているのではないか……と考えたところで、彼は大きく首を振ってその考えを頭の中から追い払った。
「いやいや、そいつはあまりにも失礼だろ? 秤屋さんのことをよく知りもしねえくせに、そんなことを考えちゃマズいって」
たった1回しか顔を合わせていない天の心の中を勝手に想像し、しかも彼女に魅力がないと断定するようなことを考えた自分自身を戒める零。
決して、天には魅力が無いということはあり得ないだろうし、一生懸命にVtuber活動に精を出して努力していることは間違いなく彼女の美点といえる部分であるはずだ。
チャンネル登録者数が振るわないからって、彼女のことを下に見たような考えを浮かべるのは間違っている。
それこそ余計なお世話であり、上から目線の嫌な奴じゃないか……と、調子に乗っているようなことを考えてしまった自分を叱責した零は、現在時刻を確認すると通話アプリを立ち上げ、スイが待っているであろうチャンネルへとアクセスした。
(秤屋さんのことは気になるけど、あっちは喜屋武さんに任せるべきだ。俺は俺のやるべきことをやって、2期生コラボに備えないと……)
今日、玲央たちと話をしたことで天のことが気になってしまっているが、彼女の活動は彼女自身のセルフプロデュースに任せるべきであるし、薫子も相談役として沙織のことをあてがっている。
頼まれてもいないのにのこのこと自分が首を突っ込めば、それこそ反感を買って天との溝を深めるだけになると……そう考えた零は、大人のことは大人に任せようと意識を切り替え、目の前の活動へと集中していった。
「……あ、もしもし? 三瓶さん、います? 待たせてすいません。ちょっとごたごたしてて――」
小さな電子音と共に通話チャンネルに接続した零は、そこにスイのアイコンがあることを確認すると数分の遅刻を詫びた。
取り合えず、今は彼女との話し合いに集中しようと考える零であったが、その耳にけたたましいスイの叫びが響く。
『た、大変だ、阿久津さん! とんでもねごどになってまってら!!』
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