間違っているとは、思いたくない


 身も蓋もない梨子の意見に閉口する零であったが、その言葉が実に的を射ていることは理解出来ていた。

 Vtuberをやるにしても、アニメのキャラクターを演じるにしても、その中に血肉や熱を通わせることが如何に大事かということを、彼は身を以て体験してきたからだ。


 かつての騒動の時、苦しみ悩みながらも強い自分になりたいという有栖の熱を感じた零は、その熱と彼女の夢に心を動かされた。

 だからこそ痛みやアンチからの暴言を承知した上で彼女のことを守りたいと思ったわけだし、その本気の想いが空っぽだった零の心に火を灯し、熱を与えてくれたということもわかっている。


 そうやって死ぬ気で前に突き進み、どんな困難も障害も乗り越えてここまでVtuberとして活動してきたからこそ、ファンたちは零の分身である蛇道枢のことを応援してくれるようになったのだろう。

 有栖から伝播された熱とはいえ、見ていて心を揺さぶられるような熱い何かがある存在というものは、理由はどうあれ応援したくなってしまうものだ。


 例えそれが二次元のキャラクターだったとしても、現実には存在していない者だったとしても、そんなことは関係ない。

 大事なのはそのキャラクターに魂が吹き込まれているかどうかという点であり、そういった部分を決めるのは技術ではなく役者本人の意識ということなのだろう。


 現時点で、天はそれが出来ておらず、それに気が付いていないという点が最大の問題だというのが玲央の意見だ。

 要するに、ガワと魂が乖離し過ぎているということであり……その原因が天の演じようとする意識が強過ぎるということに彼女は気が付いているようだった。


「シンデレラのガラスの靴みたいなものなんすかね~? 秤屋さんは、王子様に見初められるためにサイズの合わない靴に無理矢理足を突っ込もうとしてる。痛みに耐えながら、苦しみに悶えながら、そんな風に頑張っているのはわかるんすけど……」


「残念ながら、そのやり方じゃあ本物には敵わない。どれだけ義理の姉や母が頑張ろうとも、シンデレラは何もせずともその靴に足を入れて、王子様とハッピーエンドを迎えちまう。秤屋の奴が愛鈴を誰からも愛される理想のアイドルとして作り上げようとしても、そこにあいつ自身の魂が込められていない以上、どう足掻いたって劣化コピーにしかならないはずさ」


「………」


 厳しく、酷い意見かもしれないが、2人の言葉は明確に秤屋天こと愛鈴の現状を物語っている。

 有名事務所からデビューしたというのになかなか芽が出ず、ファンたちからも影が薄いと言われ、それでも努力を重ねてもその評価を覆すことが出来ない。

 Vtuberという市場がレッドオーシャンになっていることも原因かもしれないが、天が苦戦しているのは彼女自身の意識にも問題があるのだろう。


 だが、しかし……それでも零には、2人のように彼女のことを厳しく評価することは出来なかった。


「……俺は、秤屋さんがやってることを否定したくはありません。まだ関わりは深くないけど、あの人が凄く努力していて、真剣にVtuber活動に取り組もうとしていることはわかります。だから――」


「零くんの言ってることも正しいっすよ。努力してる人に報われてほしいって思うことはなんにも間違ってないっす。どっちかというと自分たちの方がシビアで、しかも間違ってる可能性が高い意見なんすからね」


「梨子姉さんの言う通りだ。ここまで偉そうに語っちまったけど、アタシらだってそこまでこの業界に精通しているわけじゃない。ある日突然にこれまでの努力が実って秤屋の奴がバズる可能性だってあるわけだし……そうなった時は、アタシのことを先見の明が無い女だって思いっきり笑ってくれよ」


 同期のことを想い、優しい意見を口にした零のことを肯定する梨子と玲央。

 2人の言葉に頷いた零は、ふぅと小さく息を吐くと顔を上げて言った。


「そのためにも、2期生コラボは絶対に成功させなくちゃ駄目っすね。もしかしたらこれが秤屋さんが打ち上がる切っ掛けになるかもしれないですし」


「だね。頑張れよ、後輩。アタシも陰ながら応援してるからさ」


「でも無理しちゃ駄目っすよ? 零くん、頑張り屋さんなのはいいことですけど、もっと自分のことも気遣ってくださいね?」


「あはは……大丈夫っすよ。心配しないでください」


 そう笑みを浮かべながら2人に応えた零は、椅子から立ち上がると感謝の言葉を口にしながら頭を下げ、別れの挨拶を述べる。


「来栖先輩、色々と話をしてくれてありがとうございました。加峰さんも飯奢ってくれてありがとうございます。この後予定があるので、俺はこの辺で失礼しますね」


「ああ、アタシも楽しかったよ。ま、あんま無理しない程度にやってきな」


「はい! ……あ、そうだ。加峰さん、さっき頼んだことなんですけど……」


「はいはい、もちろんわかってるっすよ~! ママに任せてくれっす!!」


「ありがとうございます。んじゃ、俺はこれで……」


 別れの挨拶と共に梨子に何かを確認した後、零が談話室を出ていく。

 その背を見送った玲央は視線を梨子へと動かすと、軽い口調で彼女に尋ねた。


「梨子姉さん、零の奴から何を頼まれたんです?」


「ん~? むふふ、それはっすね~……!」


 年下の同期からの質問に得意気に笑った梨子は、立てた人差し指を鼻の前に置くと、ちょっとだけ腹立たしい雰囲気を醸し出しながらこう答えた。


「企業秘密っす!!」

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