しし座の過去と、夢
「えっ!? 来栖先輩も薫子さんからスカウトされて【CRE8】に入ったんですか!?」
「そうだよ。自慢じゃないが、アタシがVtuberに興味がありそうな人間に見えるかい?」
そう、笑みを浮かべながら語った玲央の姿をまじまじと見つめ、彼女の言葉に納得する零。
確かに玲央はインドア派とは思えない、活動的な見た目をしている。
そんな彼女が喜び勇んでVtuber事務所のオーディションにやって来る姿は、零には想像出来なかった。
「自分はスカウトされたっていうよりかは、気が付いたらこんな感じになってたって感じなんすけどね……ガチスカウトされた2人には敵わねっすよ」
「いやいや、俺だって実質身内贔屓みたいなもんですし、むしろ俺が場違いっつうか、なんて言うか……」
「はっはっは! 梨子姉さんも零もなに謙遜してんだよ。2人とも、十分過ぎる程の活躍をしてるじゃん!」
片や、事務所の所属Vtuberのデザインに関わり、多くのファンの心を鷲掴みにするキャラクターたちを生み出したイラストレーター兼タレント。
片や、後期デビュー組である2期生の中でチャンネル登録者数も人気もNo.1と言って差し支えない活躍を見せている、事務所唯一の男性Vtuber。
そんな2人が自分なんて……と謙遜する様をおかしく思った玲央が大口を開けて獅子の咆哮を思わせる豪快な笑い声を発する中、後頭部を掻いた零が彼女へと言う。
「いや~、つっても来栖先輩には敵わないと思いますよ? なんてったってチャンネル登録者数100万人間近の、うちの事務所の三大巨塔の一角じゃないっすか」
「んなことないよ。アタシは2番手、上にうちの看板背負ってるトップがいる。スカウトされて鳴り物入りで事務所に入ったのに、オーディション組の奴に負けてたら世話ないだろ?」
2人のことを高く評価し、彼らの謙遜を笑い飛ばした玲央であったが、自分もまた零からの褒め言葉に謙虚な姿勢を見せている。
いや……彼女の性格から考えるに、この言葉を本心で言っていそうだなと考えた零は、来栖玲央という女性が常に上を見続けているハングリー精神溢れる人間だということを、彼女の言動から感じ取っていた。
「……ちなみになんですけど、Vtuberになる前は何してたんですか? 言いたくないんなら、別に言わなくてもいいですけど……」
「バンド組んでライブハウスで歌いまくってた。つっても、解散と結成を繰り返して幾つものバンドに所属したし、かに座の喜屋武みたいに有名なグループに所属したことなんて1回もなかったけどね。ガキだったんだよ、アタシは」
昔を懐かしむような、少し恥ずかしがるような、そんな雰囲気で自分の過去とVtuberになるまでの経緯を語る玲央。
今や所属事務所のビッグ3と呼ばれるようになった人物のオリジンに興味を示す零は、その話へと静かに耳を傾ける。
「高校時代から軽音やって、歌に夢中になっちまって……周りの連中が大人になって、就職や進学だなんて立派な道を進んでいく中、アタシは馬鹿みたいに歌ばっか歌ってた。大人になんてなりたくない、夢だって諦めたくない、そんな風に突っ張って、高校卒業してから親に頭下げて3年間だけ時間貰ってさ、芽が出なかったら就職活動するからって約束で仲間たちとバンド活動してたんだけど、現実は厳しいってことを思い知るだけだったよ」
「来栖先輩の実力でも、デビューは出来なかったんですか?」
「アタシ程度の実力の奴なんて、ライブハウス行けばごろごろいるよ。んで、箱は1つや2つじゃない。この日本中に馬鹿みたいな数のステージがあって、そこで色んな奴らが歌ってる。そう簡単に夢が叶うような楽な道じゃなかったってことさ」
ふっ、と鼻で過去の自分を笑った玲央が、背もたれに寄りかかりながら天井を見上げた。
その瞳の中に浮かぶ感情がどのようなものであるかなど窺い知れるはずもない零は、黙って彼女の話を待ち続け、暫し間が空いた後に再び玲央が口を開く。
「そんで、最後に所属してたバンドも残念ながら解散。タイムリミットも目前だったし、もうダメか……なんて思ってたところで、薫子さんに出会った。立ち上げたばかりの芸能事務所なんだけど、うちに入る気はない? なんて言われてさ、全部を諦めかけてたアタシは大喜びでその話に飛び乗ったんだけど――」
「……な~んか嫌な予感するっすね。具体的には、自分と同じ匂いがする」
零と共に玲央と薫子の出会いの話を聞いていた梨子が鼻をひくひくとさせながら不穏な言葉を吐く。
そんな彼女を指差しながら大笑いした玲央は、愉快で堪らないと言った様子でその言葉を肯定してみせた。
「梨子姉さん、大正解! あの人狡いんだよ! 確かに芸能事務所は芸能事務所だけど、Vtuberの事務所だなんて一言も言わないで話を持ちかけてきやがってさあ! まあ、舞い上がってきちんと話を聞かなかったアタシも悪いんだけど、歌手としてデビュー出来ると思ってたらVtuberとして活動しろだなんて言われた時のアタシの気持ち、想像出来る!?」
「ああ、それは、その……うちの叔母が、ホントすいません……」
悪い人間ではないのだが、ダーティというか小狡い薫子のやり口に閉口した零が叔母に代わって玲央へと頭を下げる。
そんな彼へとにいっと歯を見せて笑った玲央は、手をひらひらと振りながら問題ないという意思をその行動で示しながら言った。
「別に怨んじゃいないよ。薫子さんがいなかったらアタシは夢を諦めてただろうし、こうやって今も歌える場所を用意してくれたことには本当に感謝してる。それに、一回り大きな自分になれたのは、あの人のお陰だって気もしてるんだよね」
「一回り大きな自分、ですか?」
「うん、そう。ガキだったアタシが、ちょっとマシなクソガキになれたのは、あの人と出会ってVtuber始めたからだと思うんだよね」
「……クソガキになったのは成長なんすかね? 自分、気になります!」
そこそこ鋭い梨子からの突っ込みに苦笑しつつ、そこはご愛敬だと玲央が笑ってそれを誤魔化す。
そうした後、一息ついた彼女は、零へと自分が学んだことを話していった。
「なんて言うかさ、ただガキのままでいることと、敢えてガキであり続けることって似ていて違うことだと思うんだよ。ほら、勇気と無謀は違う……的なあれ。怖いものを知らない、危険に気付く知恵もない、そんな奴が何も考えずにただ進むのが無謀だとしたら、その先にある恐怖も危険も全部知り尽くした上でそれを乗り越えて突き進むのが勇気。ガキとちょっとマシなクソガキもそれと同じ。大人のあれこれを知らないだけの奴と、それを知った上でガキであり続けると選んだクソガキとでは、凄い差があるとアタシは思うんだ」
空になったコーヒーの缶を手に取り、スローイングの構えを見せる玲央。
それをごみ箱へと放り投げた彼女は、カコンッ、という音を響かせて狙い通りの場所にそれが落ちたことにガッツポーズを取ってから、言う。
「厳しい現実や小狡い大人のやり口を知っても尚、アタシは歌いたいって夢を諦めないって決めた。っていうか、そっちの方が乗り越える障害も多くて
「うへぇ~、あの薫子さんと正面切って殴り合うつもりなんすか? なんつーかこう、ロックっすね!」
「でしょう? アタシも自分でそう思ってますから!」
茶目っ気たっぷりに梨子の言葉に応えた玲央が、胸を張って笑う。
こういう格好いいだけじゃなくて可愛い部分もあるからこそ、事務所を代表するタレントの1人としてVtuber業界の第一線で活躍出来ているのだろうなと思いつつ小さく笑った零は、偉大な先輩へと最後の質問を投げかけた。
「……それで、来栖先輩の叶えたい夢ってなんなんですか?」
「ん? ……武道館でソロライブすること。今のところ誰もまだやってないみたいだしさ……Vtuber初の偉業として、アタシの名前が歴史に刻まれるってのもまた乙なモンだろう?」
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