その夜の2期生、天の場合


「……好き勝手言ってんじゃねえぞ、クソが……! 誰の影が薄いだって、こんちくしょうめ……!!」


 スマートフォン片手にインターネットスレをウォッチしていた天は、誰に聞かせるわけでもない悪態を吐きながらもう片方の手に握られている缶ビールを一気にあおる。

 喉を鳴らし、まだ半分以上は残っているそれをひと息に飲み干した彼女は、ぷはーっと大きな息を吐きながら暗い部屋の中で一人、不満をぶちまけ始めた。


「どいつもこいつも、私の気持ちなんて知らないでさ~……ムカつくんだよ、あいつら全員……!!」


 2期生の顔合わせを終えた本日、天が同期たちに抱いた感情は苛立ちであった。

 それが醜い嫉妬の感情であることを理解している彼女は決してそれを表に出すことはないが、それでも腹立たしい気持ちを抱えたまま日々を過ごすことなんて短気を自覚している自分には出来はしない。

 だからこうして時折酒を片手に不平不満を愚痴り、怒り、ストレスを発散することで、天は自身の心の均衡を保っていた。


「あのジャリガキ、な~にが私も悪かったよ。も? もってなによ? 120%悪いのは喋らないお前であって、私じゃあないだろうが。お前も私に文句を言いにきたオタンコナス共と同じで、無口なリア様を上手く扱えなかった私にも責任があるとでもいうつもりか? はぁ~っ!?」


 新しい缶ビールのプルタブを開き、またしてもそれを一気飲みする天。

 このところずっと溜めっぱなしだったスイへの不満をぶちまけた彼女は、その勢いのままに他の同期たちへの悪態を吐き始める。


「ひっく……! なにがたら姉、なにが2期生のまとめ役よ。私だって同い年なのに、どうしてあいつがリーダーの座にスムーズに収まってるわけ? 乳か? やっぱ乳なのか? ガキみたいな私にリーダーは務まらないってか? うるせえよ!!」


 ぐしゃりと音を鳴らすようにしてビール缶を握り潰した天が、それを放り投げて大きな溜息を吐く。


 ……いや、まだ沙織に負けていることなら納得は出来る。

 彼女はプロポーションもいいし、歌も演技も上手いし、トーク技術だってあるのだから、それを認めないほど天も子供ではない。


 問題は、それ以外の2人……自分より年下の2人組についてだ。


「くるめい、くるめいって、あんなの炎上商法で有名になっただけのありふれたカップリングじゃない。定期的に燃えるから注目を浴びて、それで人気になってるだけの男と、そいつに依存してるだけの女……あれのどこがてぇてぇよ? あんな素人が、どうして私より上だって評価されてんのよ? おかしいでしょ!?」


 そう叫びながら今度はロング缶のビールを開け、愚痴を肴にマズい酒を飲む。

 別に酒が好きなわけでもなく、ただただ文句を垂れる時にはアルコールの力を借りて全ての不満をぶちまけようと決めているだけの彼女は、決して酒に強いというわけでもないようだ。


 ぐらり、ぐらりと揺れ始めた視界の中、酒の力によって心の奥底にある感情を引き出された天は、机に突っ伏しながら呻くようにして本心を吐露した。


「……なんでよ? どうして私はいつもこうなのよ? 頑張ってるのに、一生懸命やってるのに、どうして誰も私を評価してくれないのよ……?」


 ずっと、ずっと、そう。何をやっても、どう足掻いても、自分は今まで何かで1番になった覚えがない。

 声優を志して努力を重ねても、周囲から見向きもされなかった過去を思い返した彼女は、ぐっと込み上げてきた不快感を飲み干すと、スマートフォンを片手に今の気持ちを書きなぐり始めた。


【ムカつく! ムカつく! ムカつく! アホで礼儀知らずでわけわかんない同期も、そんな奴らを支持するファンたちも、全員馬鹿ばっかり!!】

【なにがてぇてぇだ、くるめいなんて知るか! お前もあの無口と同じで、コミュ障を男にフォローしてもらってるだけだろうが!!】

【デカい乳揺らしてんじゃねえ、邪魔なんだよ! 人の気持ちも知らないでからから笑いやがって、その態度に腹が立つ!】

【ビッグ3だとか歌うまNo.1だとか言われて調子乗ってんじゃねえ! あんな素人の歌を私より上だとかほざきやがって、耳が腐ってんのか!?】

【〇ね、クソ無口! 地元にすっこんだまま、一生出てくるんじゃねえ!!】


 SNSの裏アカウントに想いの丈をぶちまけ、投稿し、全部の不満を吐き捨てて……荒い呼吸を繰り返した天が、そのまま後ろに倒れ込んで天井を見上げる。


 愛鈴メイ リン……インターネットアイドルを目指す、キラキラ可愛い女の子。夢に向かって一直線で、努力を怠らない勤勉で真面目なVtuber。

 自分と似ているようで、どこか違っているその存在を演じ続けることに、天はほんの少しばかり疲れていた。

 それだけなら別になんてことはなかったのだろうが、Vtuberとして活動する中で抱え込む数々の問題が、彼女を疲弊させていたのである。


 既に20万人を突破した同期たちが出てくる中で、自分はまだ10万人にも届いていない。

 ファンたちから比較され、影が薄いと陰口を叩かれ、突出した特技がないと評され……そうやって、上に行く同期たちをただ見ていることしか出来ない現状は、天の心に大きな陰りとプレッシャーを与えている。


 応援してくれるファンだって決して常に味方というわけではない。

 インターネット上でのセクハラや厄介なコメントを送ってきたりする輩もいるわけで、そういった連中の対応をすることもまた神経をすり減らす要因の1つだ。


 それに、天は人付き合いだって上手くはない。

 一生懸命に自分を偽って、いい人を演じて、キャラクター性を崩さないように必死に自分自身を取り繕っている。


 会議の時にスイに不満をぶちまけた時も、あれで結構手加減をしたつもりだ。

 本来の自分ならばあの100倍は口汚く罵ってしまっているだろうに、あの程度で留めたことは十分に凄いと彼女自身は思っていた。


 同年代の元アイドルに負け、年下の同期たちに負け、落ちこぼれの烙印を捺されながらも活動し続ける日々は、天の心をじわじわと追い詰めている。

 自分に問題があって、それを自覚出来るのならばそれでいい。だが、天自身もどうしてこんな風になっているのかがわからないから苦しんでいるのだ。


 配信の頻度は低くない。今日だって配信を休んだ蛇道枢やリア・アクエリアスと違って、朝活配信をした花咲たらばや自分とほぼ同じ時間帯に配信した羊坂芽衣と同様に、しっかりとVtuberとしての活動をしている。

 企画の内容も一辺倒になり過ぎないようにゲームや雑談や歌といった様々な方向に手を出していて、ファンたちからも好評を博しているはずだ。


 なのに、どうしてだか……伸びない、バズらない。

 チャンネル登録者数も、視聴回数も、配信の同時接続数も、数か月経ったのにも関わらずほぼほぼ増えていないのが天の、愛鈴の現状だった。


「………」


 無言で自分と羊坂芽衣の配信の同接数を確認し、そこに10倍近い差が出ていることを見て取った天が悔しさに表情を歪める。

 あの素人に、ただ運良く蛇道枢が作った波に乗っただけの女に、どうしてここまでの差を付けられてしまったのだと涙を浮かべながら拳を握り締めた彼女は、再びSNSへと恨み節を投稿した。


【歌も演技も雑談力もない、男の尻に乗っかっただけの女が!】


 決して表では出せない本音を、憎しみの感情を、他の誰にも見つからない鍵アカウントでぶちまける。

 自分の心の中にある天秤が苦しみや疲弊の方向へと傾かないように、こうしてもう片方の皿にも強い感情を乗せることで、彼女は心の均衡を保っていた。

 だがしかし、それら全てが終えた後、天は途方もない空虚な気持ちに襲われるのだ。


「あ~あ、私って本当に惨め……」


 酒に酔い、誰にも本音を吐露出来ない苦しみを抱えたまま、裏垢に同期たちの不満を書き込む。

 これを惨めと呼ばずしてなんと呼ぶのだと、自嘲気味に笑った天は、空き缶が転がる汚部屋の中心で横になると、押し寄せてきた眠気に全てを委ねて瞳を閉じる。


「どうせ、私は……いつも、誰かの……」


 寝息を立てる寸前、彼女の口から放たれた弱々しい呟きは、もしかしたら酒の力を借りても呼び起こすことが出来なかった正真正銘本物の天の本心だったのかもしれない。

 ぐったりと疲れ切った表情を浮かべて夢の世界に旅立った彼女の頬には、はっきりと苦しみによって流された涙の跡が刻まれていた。


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