とあるVtuberの1日・朝
『……おはようございます。準備、大丈夫ですか?』
「お、おはようございます。あ、あの……大丈夫だが? なんだがSNSが凄ぇごどになってらみだいだげど……?」
初の2期生コラボが終わってから数日後、スイは朝から零と通話をしていた。
PC画面越しに顔を合わせて会話をする彼女は、SNS上で色々と言われている零こと蛇道枢の状況を心配しているようだ。
零が自分に協力して、問題の克服を共に目指すと約束してくれてからというもの、ファンたちの間からは蛇道枢がリア・アクエリアスと絡むことに反発する声が多く上がっている。
くるめいを望む者であったり、リアのガチ恋勢であったり、逆にリアに枢が利用されていると考える厄介ファンであったり……と、その立場は様々だが、全員があまり両者のコラボを望んでいないという点では共通していた。
そういった面々が自分よりも零の方に多く押し寄せている現状に申し訳なさを感じつつ、今日も朝からネット上で火消しをしていた彼を心配するスイ。
現在時刻は午前10時。彼女が確認した限り、零は2時間ほど前からSNSで活動をしていたはずだから、少なくともその時間帯には起床していたことになる。
前日の夜も遅くまで相談に付き合わせてしまったし、睡眠時間があまり取れていないのではないか……と、自分が零の休息を奪っているのではないかと不安になる彼女に対して、その不安を寄せられる本人はあっけらかんとした様子で答えた。
『大丈夫っすよ、特に問題はないです。ってか、俺と話をする時には時間が掛かってもいいから標準語でって言いましたよね?』
「あっ……! は、はい……すいま、せん……」
優しくも厳しい零の指摘にびくりと肩を震わせたスイがPCの前で頭を下げる。
標準語に慣れるために、彼との会話は全て標準語で行う……という約束をしていたことを忘れていたわけではないのだが、ついうっかり素が出てしまう自分の意識の低さを自覚して項垂れるスイへと、零は励ましの言葉を投げかけた。
『別に怒ってるわけじゃあないんで、そんなに凹まないで大丈夫っすよ。ちょっとずつですけど、会話のペースも早くなってます。この調子で俺以外の人とも話せるようになれるよう、頑張っていきましょう』
「は、はい……!」
すべきことをきっちりと指定しつつ自分を伸ばすために褒めてくれる零の言葉は、スイの心に強く響いた。
自分のためにここまでしてくれる彼のためにも、絶対に成果を挙げなければ……と気合を入れ直した彼女の姿に小さく笑みを浮かべた零は、改めて話の本題に入る。
『では、今日のコラボ配信の企画についてお話しますね。今日は三瓶さんにホラーゲームをやってもらおうと思います。題して、【リア・アクエリアスはどんな時でも無反応を貫けるのか? 検証してみよう!】ってところですかね』
「ホラーゲーム、ですか……? あ、あの、私、正直お化けとか得意じゃなくて……驚いて素が出ちゃったら、それこそマズいことになる、ような……」
零の出した企画にスイが恐る恐る不安の感情を述べる。
そんな彼女の反応など予想済みであった零は、大きく頷いた後でこう話を付け加えた。
『はい、そうでしょうね。だから三瓶さん、先にこのゲームをプレイしておいてください』
「えっ……?」
零とは逆に、彼から予想外のことを言われたスイが頭の上に?マークを浮かび上がらせながら目を見開く。
それはいったいどういう意味だと表情で尋ねる彼女に対して、零は詳しく理由を説明していった。
『今回三瓶さんにプレイしてもらうゲームは、驚かせるポイントが決まってるノベルゲームみたいなやつです。何回プレイしても展開は1本道だから変わらない。つまり、何度もプレイすれば、どのタイミングでどんなびっくりが襲ってくるかを完璧に把握出来るゲームなんですよ』
「あ……! 先にゲームをプレイして、そのポイントを覚えておけば、配信本番でも驚かなくて済む、ってことですね……! で、でも、リアクションが薄かったら、リスナーさんたちもがっかりするんじゃ……?」
『かもしれませんが、これはあくまで検証企画ですから。本当にリア・アクエリアスが無口でクールなキャラなのかを知りたいファンたちからすれば、自分たちのイメージ通りのキャラクター性を見せられたからってショックを受けることはないと思いますよ』
「なる、ほど……」
零の考えに頷きつつ、シンプルながら喋れない自分のハンデを上手く活用した企画を考える彼の手腕に驚くスイ。
これは所謂ヤラセ企画というやつになるのだろうが、訛りを隠して活動している自分が今更そんなことをどうこう言っても意味がないし、そもそも零が一生懸命に考えてくれた配信企画に文句をつけるつもりもない。
2期生コラボに向けて好感度を回復しつつ、他者との会話と標準語を話す練習時間を稼ぎつつ、ファンたちからの人気も得るという一石三鳥なその計画にありがたく乗らせてもらうことにしたスイは、零へと承諾の返事を口にした。
「わかりました。今夜の配信までに、一切驚かなくなるくらいまでやり込んでおこうと思います……!」
『はい、よろしくお願いします……すいませんね、こんなヤラセみたいな配信しか思いつかなくって』
「い、いえ。阿久津さんは私のために、頑張ってくださってますし……問題があるのは、私ですから……」
片方が殆ど喋れないという配信者として致命的な弱点を抱えた中、零はそれでもその弱点を武器に変えるような企画を打ち出して自分のことをサポートしてくれている。
そんな彼に甘えっぱなしになっていることを申し訳なく思いながら、それでも今はこの優しさに甘えながら次のステップを目指そうと決意を固めたスイが指定されたゲームをダウンロードし始めた頃、時間を確認した零が謝罪の言葉と共にこんなことを言ってきた。
『すいません。この後約束があって、そろそろ出なくちゃいけないんです。打ち合わせの続きはまた夕方頃にしましょう。サムネイルは用意しておいたんで、SNSでの宣伝だけ任せちゃっていいですか?』
「は、はい……! 何から何まで、すいません……」
企画からサムネイルの用意まで、配信の前準備を殆ど零にやらせてしまっているスイはずっと恐縮し切りだ。
PCを操作する物音に続いて送られてきた画像を確認したスイがぺこぺこと頭を下げる中、少し慌てた様子の零もまた彼女に頭を下げて通話を切る。
『じゃあ、また夕方。失礼します』
ぷつん、という音と共に零が通話チャンネルから抜け、1人取り残されたスイは大きな溜息を吐いた。
彼から送られてきたサムネイルを改めて確認しながら、昨晩も普通に配信をしていた零はきっとこれを徹夜で作ってくれたんだろうなと考えながら、本当に彼に頼りっぱなしになっている現状に申し訳なさ以上の罪悪感を抱いた彼女が、自嘲気味に呟く。
「こいだばわー、赤ぢゃんみだいだよ……一層
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