その夜の2期生、スイの場合


「凄ぇなあ、入江さん。こった風さしゃべり切れでまるんだ……」


 羊坂芽衣の配信を観ていたスイは、その最中で有栖が見せた決意表明を耳にして彼女への尊敬の呻きを漏らしていた。

 ちょっと前にばったり零の部屋で顔を合わせた彼女が見せる、しっかりとした力強い姿を目の当たりにしながら、スイは何度もしきりに頷いている。


「入江さんは夢のだめ、2期生コラボ成功させるだめに一生懸命けっぱってがんばってらんだなぁ。それに比べで、わっきゃ……」


 自分の弱さを認めつつ、それを克服して2期生コラボのために貢献しようとする意欲を見せる有栖と、今の自分自身を比較して大きな溜息を吐くスイ。

 薫子から面倒を見てもらうように言われていたとはいえ、安易に零に頼って彼の負担を増やしてしまったことに申し訳なさを感じる彼女であったが、ここから更に零に面倒を掛けることを知っているスイは、先程よりも大きな溜息を盛大な音を立てて吐き出しながら、言った。


「同ず面倒掛げるのなら、結果出すようにすねば。そうじゃなぐぎゃ、阿久津さんに申す訳立だねじゃ……」


 そう呟きながら、PCに保存されている画像フォルダを開いたスイがその中から今後の予定を記載した画像を選択し、それをSNS上に貼り付ける。

 普段通り、それ以外は特に何もコメントすることなく、ただ予定表の画像だけを投稿した彼女は、三度溜息を吐きながらじっと画面を見つめた。


「明日がらのコラボ配信、大丈夫がな……?」


 今しがた自分が投稿した画像には、非常に珍しいリア・アクエリアスの生配信の予定が2つほど記載されている。

 そのどちらもが蛇道枢とのコラボ配信であり、人前でまともに会話をすることが出来ない自分の面倒を彼に見てもらうことが確定しているその内容に思いを馳せたスイは、零への負担を考えると共にリスナーたちからの反応を確認していった。


【またくるるんとのコラボ!? ってかリア様、最近配信頑張り過ぎじゃない!?】

【前のコラボが好評だったからかな? いいぞ、もっと味を占めていけ~!】

【これはくるるんの歌が聞ける可能性が微レ存!?】


「うわ~……なんだがたげ、盛り上がってらおん……」


 2期生でトップの登録者数と人気を誇る蛇道枢と、滅多に配信を行わないリア・アクエリアスのコラボは、やはりファンたちからの注目を集めるようだ。

 前回のコラボが好評を博したことも期待を寄せられる要因になっているのかもしれないなと考えるスイであったが、自分の下に届けられるのは決して良い反応だけではない。

 やや攻撃的というか、あまり歓迎されてない雰囲気のコメントもまた、引用リツイートや空リプを用いて彼女の目に触れる範囲へと送られてきている。


【なんかリアの方が枢に擦り寄ってるようで嫌だ。露骨に登録者稼ぎに来てないか?】

【あんまりこういうこと言いたくないけどさ、くるるんの介護なしじゃまともに生配信出来ないリアのことを好きになれないんだよね……】

【炎上したリアのイメージ回復に枢が駆り出されてるのを見るともやっとする。枢も断ればいいのにと思うけど、炎上被害の大変さを知ってるからこそ、困ってるリアに力を貸したくなっちゃうんだろうな】

【くるリアは求めてない。くるめいを寄越せ(鋼の意思)】

【誘うならくるるんじゃなくてラブリー誘ってやれよ。自分の無口のせいで迷惑かけたのに、その後のフォロー無しでおさらばとか性格悪過ぎん?】


「あぐぅ……! せ、正論過ぎでなにもしゃべり返せね……!」


 ザクザクと遠慮なしに自身の心を抉ってくるコメントを目にしたスイのガラスのハートは、あっさりとぼろぼろになってしまった。

 最初から反論するつもりなどなかったが、こうして自分のしていることを周囲から評価されると改めてひどいなと考えた彼女は、正論ばかりのファンたちからのコメントにがっくりと項垂れながら呻きを漏らしている。


 やっぱりインターネットって怖い……万が一にも自分のこの訛りがバレたら、こんな風に怒涛のコメント攻撃が押し寄せてくるんだろうなと考えたスイは、ごくりと息を飲むとぶんぶんと首を左右に振ってその悪い想像を頭の中から吹き飛ばす。

 この悪い妄想が現実のものとならないようにするためにも、一刻も早く標準語を身に付けなければ……と、考えた彼女は、これ以上自分の心を抉るコメントを見ないようにするためにスマートフォンをデスクの上に置くと、ベッドへと潜り込んだ。


「おやすみなさ~い……すやぁ、すやぁ……」


 現在時刻は夜10時。田舎育ちで早寝早起きが習慣付いているスイにとっては、ぐっすりお休みする時間だ。

 横になって10秒もしないうちにすやすやと寝息を立てる彼女は、超高速で夢の世界へと旅立つと共に、明日からの活動への英気を養うのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る