過去最大級の、問題児
「え~っと……じゃあ、改めて話を聞かせてもらえますかね……?」
「うう、ぐすっ。あいぃ……」
十数分後、零はスイと共に社員寮の自分の部屋に居た。
未だに泣き止まないでいる彼女をどうにか宥めつつ、人目を避けながら諸々の事情を確認するために自室に彼女を招いた零であったが、どうにも浅慮だったのではないかという気持ちが拭えないでいる。
こうなるまでに紆余曲折があったが、端的に今の状況を表すのならば、『男が現役の女子高生を部屋に連れ込んでいる』という感じだ。
しかもその相手が泣きじゃくっているというのだから質が悪い。ここに連れて来るまで、どれだけ自分が苦労したことか……と、心の中で溜息を吐いた零は、気を取り直すと顔を上げた。
幸か不幸か、2期生コラボに関する会議は本日は終了という連絡が沙織から来たお陰で、時間的には余裕がある。
この問題を解決するためにも、スイからは詳しく話を聞いておかなければ……と考えながら、零は彼女へと質問を投げかけた。
「え~……では、改めて自己紹介をお願いします」
「み、三瓶スイだぁ。父は日本人で、母は
言いたいことはなんとなくわかったが、後半部分がなにを言っているのかいまいち理解出来なかった。
思った以上の訛りと、独特の言い回しが多い方言に頭を抱えた零は、確認を取るためにスイへと聞く。
「青森出身ってことは、その口調は津軽弁……っすかね?」
「んだ。ド田舎出身のわーにどっては、こぃが普通の話す方で……」
「え、ええっと……ちなみに標準語ってどのくらい話せますか?」
「……一生懸命頑張れば、こんな感じで……ただ、イントネーションとか、方言が出ないように気を払うので、上手く、喋れません……」
そう標準語で話すスイの言葉は、途切れ途切れである上にどこかたどたどしい。
だが、彼女の秘密に気が付かなければ、あるいは秘密を知った零に対してスイが気の抜けた話し方をしなければ、その喋り方も無口でミステリアスな雰囲気として取れてしまうことが出来る。
そうして、スイが抱えていた秘密を偶然にも知ってしまった零は、少し前に薫子と会話した時に覚えていた引っ掛かりに関しての答えも導き出していた。
(おかしいとは思ったんだよ……三瓶さんが日本語を上手く喋れないんじゃないかっていう俺の質問に対して、そこに問題はないとか普通に喋れるとかじゃなく、間違いなく日本語は話せるって返したもんなぁ……)
確かに、その回答は間違いない。スイは日本語の一種である津軽弁を話しているのだから、彼女は日本語は間違いなく話すことが出来るのだ。
だがしかし、こんなもん騙し討ち以外のなにものでもないじゃないかと……スイの心境を考えたとしてもこの情報を秘匿した薫子の対応に恨み言を漏らした零が頭を抱える中、そんな彼のことを不安気に見つめていたスイが口を開いた。
「あの……阿久津さん。私、この喋り方の方がいい、でしょうか……?」
「……いや、俺のことは気にせず、三瓶さんが話しやすい方で話してください。それと、俺の質問に正直に答えてください……わかりましたね?」
「は、はい、わかりました……!」
この際、喋り方なんてどうだっていい。まずは目の前の問題を解決するための糸口を探すことが先決だ。
難解なスイの言葉を必死に解読するために頭をフル回転させながら、零は彼女へと次々と質問を投げかけていく。
「まず、そうですね……上手く話せない理由が訛りだってことはわかりました。でも、どうしてそれを隠しながら配信者をやってるんですか?」
まず、当然の質問を放つ。
その訛りを隠したいというのなら、人前に出て喋る配信者という仕事は間違いなく避けるべきもののはずだ。
なのにどうして、それを承知でVtuberなんかになってしまったのか……という零の問いかけに対して、指をもじもじと絡めながらスイが答える。
「わー、歌うのが好ぎなんだ。わらすの頃がらずっぱど世界で活躍するような歌手になりだぐで、それ夢見でぎだ」
「えっと……? それならVtuberなんかにならず、普通に歌手として活動した方が良かったんじゃ……?」
「勿論最初はそう思ったよ! だはんで7歳の頃、父っちゃと母っちゃと一緒さ都会の芸能事務所さオーディション受げに行ったんだ。でも……」
過去の経験を思い返したスイがぶるりと大袈裟なくらいに体を震わせる。
そうした後、大真面目な表情を浮かべた彼女は、零へと自身の忌まわしい記憶を語り始めた。
「わーが口開いだ瞬間、周りのふとたぢが全員大笑いすたんだ。審査員のふとも、同ず受験者の子だぢも、その両親も、みんな、みんな……おいのこの訛り嗤ってますた。それが恥ずがすくって、おっかなぐって、もう二度ど人前でこの喋り方ばすねって決めだんだ」
「……トラウマのせいで芸能プロダクションに所属することを諦めた、ってことで合ってます? でも、だったら訛りを許容してくれる地元の事務所とかに所属すれば――」
「
「う~んと……それなら、雑談する必要があるVtuberよりも歌い手さんの方が合ってたんじゃ……?」
「……だって、正体隠す続げで歌い手どすて活動す続げだどすたっきゃ、ライブ出来ねべさ。Vtuberなら、3Dモデルの体手さ入れで、そえでライブ出来るがな~、って……特定どがさぃで田舎者なのがバレるの、嫌だったんだ。それに、沢山のふとと関わるVtuberなら、仲良ぐなったふとからごっそり普通の話す方ば教えでもらえるがな~って……」
恥ずかしそうに……というか、申し訳なさそうに指を絡ませながらスイが言う。
そんな彼女の姿を見ながら、ここまでの話を整理しながら、零はある確信へと至っていた。
(間違いねえ……この人、中身が完全に
スイの話を簡単にまとめてしまえば、『歌手になるという夢を叶えるためにVtuberという仕事を利用しようとしている』ということだ。
それ自体はいい。別に構わない。多かれ少なかれ、【CRE8】に所属するVtuberにはそういった部分があるわけだし、薫子や他のスタッフたちもそういった夢とか野望を承知で彼女たちをタレントとして採用しているわけなのだから。
問題はその度合いというか、彼女の心構えの部分にある。
はっきり言ってしまえば、スイの考えは浅はかが過ぎる上に努力量が足りていないのだ。
これまで零が関わってきたVtuberと比較すれば、その差がはっきりと理解出来るだろう。
例えば、『強い自分になる』という夢を持つ有栖と比較した場合、このチャンスに対する意識の差がありありと見て取れる。
言い方が悪いかもしれないが、彼女もかつては女性恐怖症を克服するために零を利用しようとしたことがあった。
だがしかし、それは明確なビジョンを持って、自分の夢を叶えるために彼女が周囲の人に働きかけた上での行動である。
有栖はデビュー直後から夢の実現を目指して動き始め、様々な騒動を乗り越えた後に零と強い信頼関係を結ぶことになった。
それは間違いなく彼女の心に強い自分になりたいという本気の想いが存在したからであり、その想いに感銘を受けたからこそ、零も彼女の夢を守るために必死に戦ったのだ。
零にとっては有栖は恩人であり、尊敬すべき同期であり、おそらくは自分の人生に影響を与えてくれた誰よりも大事な存在であるといえるだろう。
本気の想いを持ってVtuberとして活動する彼女のことを、零はこれからも応援し続けるつもりだ。
もう1人、沙織についても触れておこう。
彼女の場合は、それしか道がなかった。首の傷を隠しながら再びアイドルになるためには、Vtuberとして活動する以外に道は存在しなかった。
不慮の事件から2年、彼女はずっと暗い海の底でもがいて、もがいて、もがき続けて……希望の光を見つけ出した。
それこそがVtuberの存在であり、『花咲たらば』というもう1人の自分の誕生は彼女にとって格別の意味合いを持つ出来事だっただろう。
2度目のチャンスに掛ける沙織の想いは、本気は、もしかしなくとも有栖を凌駕するかもしれない。
李衣菜たちと交わした『バーチャル世界で1番のアイドルになる』という夢を叶えるために活動する彼女は、その想いを更に滾らせている。
しゃぼんも、玲央も、あのアルパ・マリだって、零が関わってきたVtuberには本気を感じ取れる何かがあった。
だが、しかし……スイにはそれがない。そういった本気の何かが、彼女からは感じられない。
人前で喋って訛りを笑われるのは嫌だけど、人前に出て歌ったり騒いだりしてみたい。
そんな我儘を叶えるのに丁度よく存在していたのがVtuberという職業であって、彼女はなんとなくそれに乗っかって自分の願望を叶えようとしているだけにしか見えないのだ。
(なんでだ薫子さん? なんでこの人を採用した……!?)
ようやく、零は玲央がスイの歌を酷評したのかを理解した。
彼女の歌は……空っぽなのだ。
彼女はきっと、歌う時に目の前のマイクしか見ていない。配信者として、自分の歌を誰かに届けるということをまるで意識していない。
その意識の差こそが、自分が彼女の歌よりも沙織の歌の方が素晴らしいものだと思えた理由であり、随一の技術を誇る彼女が問題外と玲央に両断された理由でもあるのだ。
そんな想いのない人間を、どうして薫子はVtuberとして採用してしまったのか?
色々と同情こそするが、根本的にこの活動を舐めているとしか思えないスイを見つめながら、ごくりと息を飲んだ零は心の中で叫んだ。
(この人は、三瓶さんは……過去最大級の問題児だ!!)
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