歌か、芝居か




「決めるべき内容はコラボ配信の内容と、それ以外のプラスアルファっすよね? んじゃ、まずは配信でなにやるかを決めましょうか」


「って言っても、これは簡単じゃない? 私たちが『ワレクラ』で用意した土地に、2期生ハウスを作る。前に出来なかったコラボ企画を今度こそ実行するっていうのが最適なんじゃないかな?」


「そ、そうですね。それがいいと思います……!」


 始まった2期生コラボの企画会議は、非常にスムーズな滑り出しを見せた。

 今回、決めるべき内容は零が挙げた通りの2つ。生配信の企画と、それ以外のプラスアルファというやつだ。


 その内、生配信の方は前回中止になったコラボで予定していた企画をそのまま使えばいいということで、即座に決定した。

 あとは、ここまで2期生の集合を待ち続けてくれたファンたちに捧げるサプライズ的な企画に関する話し合いだけだ。


「プラスアルファかぁ……あんま詳しくないんであれなんすけど、やっぱり人数が多くなきゃ出来ないなにかをすべきなんでしょうね。でも、なにすりゃいいのかな?」


「無難なのは全員での『歌ってみた』動画だよね。ゲーム配信って企画と被らないし、分かりやすく盛り上がれるしさ」


「う、歌……! あぅ、自信ないなぁ……」


「その辺は編集次第でどうにでもなるから大丈夫だよ! でもまあ、これだけで進めるのもなんだし、他の案も募ってみようか」


 定番というか、無難な案である全員でなにかしらの曲を歌ってみるという企画を挙げた沙織が他の意見を募る。

 その言葉に真っ先に手を上げたのは、愛鈴こと天であった。


「はいはい! じゃあ、声劇なんてどうかな!? こっちなら有栖ちゃんもクリアニでの経験を活かせそうでしょ!?」


「声劇……お芝居ってことですか? 確かにそっちの方がまだ安心出来るかもしれないです……」


「だよね!? 脚本とかは私が考えるし、演技に関してもちょこっとならアドバイス出来るよ! なにせ私、声優志望だしさ!」


「え、そうなんですか?」


 突然の天の告白に目を丸くしてそう尋ねた零へと、彼女が大きく頷く。

 大きく胸を張り、ふんすと鼻息を噴いた天は、堂々と自分の夢を語り始めた。


「こう言うと怒られちゃうかもしれないけどさ、Vtuberってガワのキャラを演じるようなものじゃない? つまり実質的に声優みたいなものだし、声の出し方とかイベント出演の経験とか、色々と参考になる部分が多くあると思ってさ!」


「はぁ~、確かにそうかもしれないっすね。俺はあんまりキャラを演じてるつもりはないんで、あれなんすけど……」


「Vtuber活動を通して経験を積んで、いつかVtuber兼声優としてアニメに声を当てる! 私みたいな存在が普及していけば、いつかはVtuberだけが声を当てたアニメが放送されるようになるかもしれないじゃん? で、Vtuber声優のチームなんか作っちゃって、自分たちで作った脚本を基にお芝居して、それを配信で流す! なんか無限大の夢って感じがして、よくない?」


「しっかりビジョンがあるんですね……私とは大違いだ……」


 順当なステップアップというか、明確に何がしたいというビジョンを持つ天の話を聞いた有栖が感嘆の溜息と共に感想をこぼす。

 零もまた、これまで聞いてきた同僚たちの夢の中で最もはっきりとしている未来展望を持つ天の目標に対して、一種の尊敬の念を抱いていた。


、か……確かにVtuber活動と通じる部分はあるし、最近は声優や芸能人がVtuber活動を始めるみたいな逆輸入パターンもあるみたいだしな。秤屋さんみたいな考えの人が増えたら、Vtuberの劇団なんかが出来上がるかもしれないし、面白そうではあるか)


 ここまで堂々と夢を語り、その明確なビジョンも描けているのだ、天には是非ともその夢を叶え、Vtuber発の声優というおそらくは界隈初の存在になってほしい。

 そこからもう1歩も2歩も踏み込んで、彼女が語るようなVtuber声優の劇団を作り上げて、面白い配信を……と、想像を巡らせた零であったが、今はそれよりも企画会議が優先だと、一旦その考えを頭の中から追い出して話し合いへと意識を向けた。


「そういうことなら、私は声劇の案に賛成です。お芝居と歌なら、まだお芝居の方が自信がありますし……」


「本当!? ありがとう、有栖ちゃん! 零くんと沙織ちゃんはどうかな? 歌ってみたと声劇、どっちがいい?」


 有栖からの賛成を得た天が目を輝かせながら2人に問いかける。

 彼女自身を含めれば声劇に入った票は2つ。あと1人が賛成してくれれば、実質的に過半数を得た声劇が2期生コラボ第2の案として採用されることになるはずだ。


 そんな彼女から期待が込められた眼差しを向けられる零であったが……そこで複雑な表情を浮かべると、ここまで話し合いに参加していないスイへと話を振り、意見を求める。


「三瓶さん。こういう案が出ているわけなんですが、三瓶さんはどう思いますか? 歌とお芝居、どっちをやりたいですか?」


「……私、は――」


 会議でも聞きに徹していたというか、普段通りの無言を貫いていたというか、そんな風に全く話し合いに参加しなかったスイが、零からのパスを受けて口を開く。

 あまり感情を感じさせない平坦な声で、眉一つ動かさない無機質な表情で、彼女は予想通りの答えを口にした。


「――歌が……いいです」


「……そっか。まあ、そうだよね。スイちゃんからしてみれば、そっちが得意分野なわけだしさ」


 一拍の間を空けてスイの意見に納得したような言葉を口にした天であったが……その表情と声色からは、僅かに不快感が滲み出ていた。

 確かにまあ、ここまで話し合いに参加せずに来た人間が自分の意見を否定し、得意分野に引き籠るような発言をしたら、少なからず腹が立つのが人間というものだし、彼女の反応もご尤もというやつである。


 それでも、スイの意見を聞いた零は、そんな天が放つ雰囲気に屈することなく、自身の意見を述べた。


「俺も歌ってみた動画の方がいいと思います。正直、今の三瓶さんにお芝居をやらせるっていうのは不安材料が多過ぎて、上手くいく気がしません」


 無口が過ぎるスイに、声での芝居をやらせるというのは無茶が過ぎるのではないか? というのが零の意見だった。


 決して、彼女を甘やかしたいわけではないのだが、2期生全員で進める企画をスムーズに進行させるためには、障害は出来る限り少ないに限る。

 歌と芝居ならば、まだ歌の方が不安材料は少ないのではないか……という見方から歌ってみた動画を支持した零は、他の同期たちと一緒に最後の1人である沙織へと顔を向けた。


「喜屋武さんはどう思いますか? どっちの企画の方がいいと思います?」


「う~ん……」


 2対2で拮抗している企画内容に関する決議は、最後の1票を持つ沙織の意見に委ねられた。

 歌か、芝居か? そのどちらを選ぶのかという同僚たちからの視線を一身に浴びる彼女は、暫し唸り声を上げて悩んだ後……こう、答える。

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